狩猟の仕組みと問題について

鳥類や哺乳類のほとんどは「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」によって捕獲が禁止されています。

ソース:「鳥獣保護法

野生の鳥類や哺乳類の捕獲では、おおまかに分けて以下のような許可があります。

狩猟 狩猟免許と狩猟登録が必要な、個人の趣味的な捕獲。

都道府県が許可・管理する。

有害鳥獣捕獲 被害の抑制を目的として許可される捕獲。

ほとんどの地域で、市町村が許可・管理する。

個体数調整捕獲 個体数が増えすぎた種に対する緊急的な捕獲。

都道府県が計画を作成し、それに基づいて実施される。

学術研究捕獲 研究目的で許可される捕獲。

都道府県が審査し、許可・管理する。

今回は「狩猟」に関する仕組みや問題点について調査した結果をご報告します。

① 狩猟の意義

狩猟は、ハンターが野生動物を捕獲する趣味のことです。

現在は「狩猟免許」という試験があり、それに合格した者が各都道府県で「狩猟登録」を行って狩猟をしています。

狩猟には「猟法」「狩猟鳥獣」「狩猟期間」等の定めがあり、これらを守らなければなりません。

近年は動物の殺生自体が禁忌のように扱われていますが、人間社会の維持のために狩猟は多くの利点を持っています。

近年は増えすぎた動物を捕獲することによる自然環境のコントロールが第一に取り上げられています。

もちろん、それ以外にも利点があります。

一つは、野生動物の生息状況や増減傾向のモニターです。

野生動物は山林内に隠れて生息しているため、まともに調査を行おうとすれば莫大な予算と人員が必要です。

人間では700億円をかけ80万人を動員する国勢調査がありますが、野生動物にはそんな調査はありません。

現在は、ハンターが報告する狩猟データを収集し分析しなければ鳥獣の動向が把握できないほど、狩猟者の”調査者”としての機能が重要になっています。

狩猟鳥獣以外の種についてもアンケートの形でデータを収集しはじめている地域もあります。

狩猟者は狩猟登録の際にお金を支払っていますので、「金を払ってでも調査してくれる」非常に低コストな調査員なのです。

もう一つは、環境への影響が少ない肉の供給です。

意外に思えるかも知れませんが、畜産のような飼育行為は餌や飼育環境の調達によって、狩猟で動物を狩る場合よりも大きな負荷を環境にかけています。

肉を生産するためには肉の重さの数倍~数十倍の餌とそれをまかなう土地、廃棄物の処理、衛生管理のための物資などが必要です。

これは養殖魚の分野でよく話題に上がりますが、畜産でも当てはまる視点です。

ソース:養殖業の限界

狩猟は十分にコントロールされた状態であれば、社会的に見ても大きな価値があるのです。

② 狩猟制度の課題(対象種)

狩猟の課題はそのコントロールにあります。

まず、選定されている狩猟鳥獣を見てみましょう。

狩猟鳥獣とは、狩猟によって捕獲しても良い種のことです。

こちらのページにまとめてあります。

現在の狩猟鳥獣には、IUCNや環境省のレッドリストで準絶滅危惧以上に相当する種が含まれています

これらの狩猟鳥獣より絶滅リスクの低い生物は国内にたくさん生息しているのに、なぜこのような状況になっているのでしょうか。

理由は恐らく、狩猟鳥獣の変更にかかる手間と時間、環境省のパワーです。

狩猟鳥獣を変更する場合、中央環境審議会に通して大枠が決まりますが、実際にはそれ以前に環境省の内部で利害関係者との調整が行われているはずです。

現在狩猟鳥獣は48種が選定されていますが、狩猟者団体は1種外す場合は同価値の他の1種を入れろと要求する場合が多いようです。

ところが現在狩猟鳥獣に選定されている種以外では、生息数や生息動向についてまともな調査がほとんど行われていません。

狩猟の対象ではないため、狩猟者によるデータも存在しません。

環境省は1500人程度の小規模な組織で、許可関係の事務が多く事業の予算もほとんどないため、十分な調査が計画できていません。

その中で公害、廃棄物、放射能、温室効果ガス、自然公園など、他の事務も大きなウェイトを占めており、野生動物や狩猟の事業に手が回らなくなっています。

ソース:環境省予算

そんな状況であるため、今度は逆に野鳥の愛好団体等が「そんなデータもない状況でその種を狩猟鳥獣に入れるのか」との意見を出してきます。

結局「現状維持でいくしかない」ということになります。

こういった狩猟鳥獣候補のリスト等の事項は、事前に環境省内で議論されるものであるため、会議時間の限られた中央環境審議会の議題とはなりません。

狩猟鳥獣を”効果的・適応的に”選定する仕組みの再構築が必要なのです。

加えて狩猟鳥獣のリストには、識別が難しい狩猟鳥獣が含まれています

特に散弾銃を用いた狩猟では、バードウォッチングのように双眼鏡等で相手を識別することをしません。

野鳥観察の場面ですら類似種との識別が難しい狩猟鳥も多くいます。

ほとんどの場合において「狩猟鳥獣だろう」との推測で狩猟されています。

後述しますが、狩猟鳥獣をしっかり判別できる警察官はほとんどいませんので、「狩猟鳥獣以外の種の捕獲」については取り締まりもほぼ皆無です。

狩猟の免許を細分化し、瞬時の判断が要求される銃を用いた鳥類の狩猟については狩猟免許をより厳格にすべきで、更新時に試験を課すような改善が必要でしょう。

自然環境関連の犯罪や違反を専門とした警察官の配備も検討すべきです。

③ 狩猟制度の課題(個体数の抑制)

狩猟には、増えすぎた動物を抑制する効果が何よりも期待されています。

その観点から狩猟制度を見てみましょう。

狩猟には「猟期」と呼ばれる狩猟が可能な期間が定められています。

ところがこの猟期は、現行法上で可能な限り長く設定しても10月から翌4月までの半年間程度で、残りの半年間は狩猟ができません。

増えすぎた動物の抑制の観点では、効果を半減させている状態です

さらに、狩猟をする場合、狩猟免許の取得に加えて狩猟登録という手続きを毎年踏まなければなりません。

これは罠であれば年10,000円、銃であれば年18,000円程度の負担となり、新規の狩猟者を獲得する際の大きなハードルとなっています。

全国で見れば、鳥獣による被害は農業被害だけで190億円であり、捕獲報奨金へはこれより膨大な額が支出されていると思いますが、狩猟登録料等による総収入は19億円程度しかありません。

もはや意味のある金額ではありません。

狩猟者を獲得し、捕獲圧を高めたいのであれば、シカ、イノシシ、外来生物等の数を抑制すべき対象種に限っては、狩猟登録や猟期の制限を外すべきでしょう

つまり、全国的に増加して問題を生じている種や外来生物に関しては狩猟免許のみで通年狩猟できるようにする、ということです。

なぜそうならないのでしょうか。

実は、猟期の期間外に存在する「有害鳥獣捕獲」という捕獲の仕組みが作用しています。

もし通年猟期が設定されてしまえば、有害鳥獣捕獲の際の報奨金が得られなくなってしまいます。

この利権を守るために狩猟者団体等が抵抗するのです。

現在の制度では、有害鳥獣捕獲に参加していれば狩猟登録費用の負担も免除される仕組みとなっており、狩猟登録がハードルになっていれば新しい狩猟者(ライバル)も増えないので一石二鳥というわけです。

捕獲者の思惑についてはこちらをご覧ください。

しかし目的とする効果から見れば本末転倒な話です。

まずは狩猟制度全体を見渡し、科学的なデータに基づいた狩猟鳥獣や猟法の選定ができるようデザインを考え、そのデザインの具体化のために予算をつけることが必要でしょう。

こういった利害関係を明確にし、それに振り回されない環境で狩猟制度を議論しなければなりません。

④ 狩猟制度の課題(事故)

次に、狩猟に関連する事故を見てみましょう。

以下の表は、日本と米国の狩猟関係の事故を比較したものです。

日本 アメリカ
狩猟による年間の死者数 約6人 約100人
狩猟人口 16万人 1370万人
狩猟人口/国土面積(平方キロ) 0.423 1.393
死者数/狩猟人口×10000 0.375 0.073

ソース:米国IHEA資料
ソース:人口動態統計

米国は圧倒的に狩猟者人口が多く、実は狭い島国である日本より米国のほうが3倍以上も狩猟者の密度が高い状態です。

しかし、狩猟人口あたりで換算すると日本は米国の5倍の事故発生率となっています。

狩猟環境やその他の背景があるにせよ、狩猟者が過密で狩猟が盛んな銃大国の米国よりも、日本の人数あたりの事故発生率は高いのです。

主な理由は恐らく、密室化した狩猟環境です。

狩猟歴の長い狩猟者に多いのが、「ガサドン」と呼ばれる獲物の確認をしない発砲や、弾を装填したままの銃の持ち運びです。

見つけた獲物を逃さないために、弾を入れたまま銃を持ち運び、ガサガサと音がしただけで撃ってしまう、という恐ろしい狩猟者が存在します。

日本は、銃の所持許可については世界でも指折りの厳しさだと言われます。

しかし、現在猟銃を持っている高齢の世代の多くは所持許可の要件が厳しくなる前に銃を所持しています。

銃所持の課題についてはこちらをご覧ください。

そして、山林に入って行われる警察の取り締まりは現在ほぼ皆無です。

実は、鳥獣保護法の中で都道府県職員が「特別司法警察職員」という立場で警察に準ずるような逮捕等の権限を有する仕組みが存在しています。

しかしこれは完全に形骸化しています。

以下は、警察及び特別司法警察職員の動員数と検挙件数(H24~26のべ数:全国)です。

警察 特別司法警察職員
動員数 12,250 3049
検挙件数 726 9
警察を1とした時の
特別司法警察職員の検挙効率
1 0.05

ソース:鳥獣関連統計

都道府県職員は膨大な通常業務を抱えており、山林内へ監視に入る場面そのものがほとんどありません。

山林内へ監視を届かせようという制度が全く機能しておらず、取り締まりの効率も非常に悪いのです。

この他に、狩猟の取り締まりを補佐する役割を持つ「鳥獣保護管理員(旧鳥獣保護員)」という制度もあるのですが、こちらも形骸化しています。

鳥獣保護管理員は採用に際して関連法などの専門的な知識が問われる場面がほとんどなく、本来取り締まられる側であるはずの狩猟者団体の構成員が採用されることも多くあります。

鳥獣保護管理員は、人数は多くても稼働日数が少ない、都道府県職員も素人であるため適切な仕事が指示されないなどの問題も抱えており、実効的な機能をほとんど有していません。

つまり捕獲したものが狩猟鳥獣か、猟法やその他の法令を遵守しているか等を、フィールドでは誰も監視していません

頼みの綱の警察官ですら、猟法や屋外の猟銃の取り扱いについて何が違反となるのか、しっかり把握していない人もかなり多くいます。

道路法面にかけられた標札の無い1~2㎜針金の胴くくり罠。警察へ通報して来てもらったが、その警察官に「これの何が違法か」と聞かれてしまった。

こういった取り締まりの空白によって狩猟環境の密室化が進み、”狩猟者の身内ルール”が蔓延した結果、通常の感覚では到底理解できない違法行為が常態化しているのです。

猟銃が犯罪に使われた例ではそれ以前に他のトラブルを起こしている場合が非常に多いため、事件を起こす素因を持つ人を早期に見つける意味でも屋外での取り締まりは重要です。

狩猟やその他の捕獲が行われる山林内まで影響が及ぶような取り締まり体制が早急に必要なのです。

銃で狩猟を行う場合は狩猟免許や狩猟登録に加えて「銃の所持許可」を受ける必要があり、この制度についても多くの問題があるのですが、それはこちらで別にまとめています。

⑤ 猟銃の運用等について

猟銃の存在自体が危険で不要かといえば、そうではありません。

どのような道具でもそうですが、重要なのは安全で効果的な運用と、それを担保する仕組みです。

例えば、わなにかかったイノシシ等の逆襲による人身事故が多く報告されるようになっています。

ソース:狩猟事故統計

大型のイノシシなど、わなにかかり興奮状態になった鳥獣のとどめを刺す場合に最も安全なのは、適切な距離が取れる猟銃による”止め刺し”です。

近年は仕事をリタイヤした60代が親から引き継いで農業を営み、鳥獣被害に困ってわな猟を始めるケースが多く見られます。

特に高齢の狩猟者のわなで不意に大型のシカやイノシシがかかったり、クマ類が混獲された場合、猟銃を持った捕獲者が必要になります

銃が無ければ、俊敏で攻撃的になった大型獣にナイフやロープのみで高齢者が対応することになります。

近年は、市街地等に迷い込んだり人に慣れて危険な行動を示す大型獣が多く報告されるようになってきています。

猟銃という選択肢の存在がさらに重要になってきているのです。

猟銃については野外で十分に取り締まりが可能となるような体制整備が必要であり、安全な運用方法へ誘導する施策が打たれていくべきでしょう。

狩猟における銃の使用については、弾頭に鉛が使われていることも問題となっています。

半矢(弾は当たったが逃げた個体)の個体が野外で死んでしまった場合、傷口には細かく砕けた鉛が付着しています。

それを肉と一緒に猛禽類が食べてしまうと鉛中毒が発生します。

カモを狙った銃による捕獲においても広く鉛の散弾が使われています。

カモの仲間では、巻き貝等と一緒に鉛の弾を飲み込んで鉛中毒を起こす場合があります。

北海道は現在、鉛を含んだ弾頭を狩猟で用いることが禁止されていますが、この鉛中毒の発生が一つの理由です。

本州、四国、九州にも、保護が必要な猛禽類や狩猟鳥でないカモ類が当然生息しています。

狩猟後に人が食肉として利用する場合を考えても、鉛が含まれている可能性があることは大きな問題です。

鉛中毒も問題なのですが、そもそも汚染が問題視されている鉛を環境中に拡散し続けている状況だけ考えても、これは見直すべきでしょう。

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この内容は「猟友会」「有害鳥獣捕獲」の調査結果と合わせてご覧頂くことをおすすめします。

 

ジビエの構造

イノシシやシカの増加に応じて、捕獲数も増加しています。

その結果、捕獲した個体の処分にかかる費用や行政上の負荷が増加するという問題が生じてきました。

場合によっては1頭分の焼却処分に数万円の経費がかかるというような状況も聞かれます。

そこで、最近よく耳にするようになったのが「ジビエ」という言葉です。

野生鳥獣の肉を食品として活用することで、処分の重荷を資源に変えようという試みが進んでいます。

今回はジビエに関する仕組みについて調べていきます。

その結果、様々な課題があることが分かりました。

① 成り立つものなのか

大型哺乳類によって生じる問題の背景(リンク先②)」でも紹介したとおり、獣肉(野生動物の肉)が売れなくなり狩猟者が減少した理由は畜産の復興です。

現在は外国産の食肉(畜産物の肉)に押されて、その国内の畜産業界のほうですら厳しい状況に置かれています。

これまでの流れから見ても、現在は、獣肉が売れてジビエ産業が成り立つ環境ではありません

加えて、ジビエでは捕獲による獣そのものの確保が不安定で、質もばらばらであり、畜産に比べて安定的な運営が非常に難しい分野です。

実際、これらの厳しい背景を見誤って設置された行政主導のジビエ処理場が全国に見られ、ほとんどが赤字となっています。

しかしそのような状況にも関わらず、最近では国もジビエの振興に予算をつけ始めています。

ソース:こんなこともやっている
※「ジビエ利用拡大に関する関係省庁連絡会議」で検索すると状況が分かります

獣肉は、おおむね100gあたり500円程度と非常に高価です。

ほぼすべての処理場が小規模で運営しているため、なかなかコストを下げられません。

そもそも小規模の供給であったために500円/100gでもなんとか買い手が見つかっていたものが、ジビエ処理場が乱立することになれば供給過多となり、獣肉の価格が大幅に下落する結果が見えてきます。

行政主導で設立されたジビエ処理場では赤字を抱えても税金が投入されて無理やり事業が継続されやすいため、需要側(レストラン等)の要求に押されてズルズルと獣肉価格を下落させる装置となってしまうでしょう。

これまで辛うじて黒字を保っていた優良なジビエ処理場も多大な影響を受けることになります。

つまりジビエという産業は、全国的な捕獲個体の処理の問題を解決するレベルの仕組みには、健全な状態ではなりえないのです。

② ジビエという言葉と市場のニーズ

実は「ジビエ」という単語は、本来シカやイノシシのみをさす言葉ではありません。

本場フランスではカモ、キジ、ヤマシギのような鳥類がジビエとしてはメジャーで、これらが珍重されています。

日本では”珍しいものが食べたい”という意欲がジビエの入り口となる傾向が強く、フランスのように生活に根差した安定的なものではありません。

日本では「歴史と文化による価値」を持っていない食材なのです。

本物志向や”珍しいもの志向”へとジビエが向かっていけば、ジビエ処理場の乱立と相まって、シカやイノシシのような”ありふれたもの”への需要は小さくなっていくでしょう。

”珍しいもの”の価値が高くなり、希少な鳥獣を狙った捕獲が多くなるという全く望ましくない結果が生じる可能性あります。

カモ、キジ、ヤマシギのような被害を出していない生き物が狙われるだけでなく、これまで活躍していた狩猟者もシカやイノシシを無視して鳥類をメインに捕獲を始めるような損害となる誘導効果も発生します。

実は鳥類のほうがサイズが小さく、輸送や処理が簡単で骨や羽などの廃棄物もサイズが小さいため、専用の設備が不要で加工や流通に乗せやすいのです。

珍しいものを食べたい消費者は”レアな食材”ほどお金を出します。

これらの意識とそこへ流れる市場原理は行政にはコントロールできません。

そうなれば、シカ・イノシシの捕獲個体の処分という当初の問題から全く離れた産業になるかも知れません。

被害の抑制やシカやイノシシの個体数の抑制のために始めたものが、逆効果であり、別の部分にも問題を生じさせる結果となります。

「ジビエ振興」という言葉はそういった危うさを持っているのです。

③ 衛生上の課題

牛、豚、鶏のような畜産の分野では、食肉検査を行う獣医師が自治体の職員という立場で配置されており、食品としての安全性が保たれています。

この検査員は自治体から給料が出ていますので、自分が検査した肉について廃棄を判断したとしても、自身が損をすることはありません。

それ故に客観的に検査を行うことができます。

ところがジビエには、どのような背景を持つか分からない野生動物が相手だというのに、そういった客観性を持った仕組みが全くありません。

近年ではジビエ処理場に関するガイドラインが作られ始めていますが、あくまでガイドラインであり、食肉の分野のような法的な強制力はありません。

ソース:厚生省ガイドライン

ジビエ処理場で検査を行うのは獣医師でもなければ、自治体職員のような第三者でもありません。

経営が傾けば自身が路頭に迷うようなジビエ処理場の職員です。

利害に直接関わる人が、間に合わせで検査を行っています

その環境で、適切な検査が期待できるでしょうか。

シカやイノシシを処理場に運び込んでも、すべてが肉になるわけではありません。

骨や皮、傷んでいたり病気になっていた部位は廃棄物となります。

廃棄物はお金にならないどころか処理のコストを発生させ、ジビエ処理場の運営を圧迫します。

職員は検査の中で「無理に売って利益を得る」と「大事を取って損害を出す」のどちらかを選ぶことになります。

実質的に検査をしない(したことにする)処理場すらあります。

あまりに危うい仕組みで国産のジビエは市場に出回っているのです。

こういった仕組み上の問題を受けて、自治体の職員が獣肉の検査を行うことも検討され始めています。

しかしそれは、「捕獲個体の処理にコストがかかるから」始めたジビエ振興から見れば、到底納得できるコストとはならないでしょう。

④ ジビエのリスク

2018年に国内のイノシシ個体群に豚コレラウイルスが侵入しました。

口蹄疫や鳥インフルエンザが国内で過去に発生した際も議論されていたのですが、野生動物と家畜との間で広がる感染症のリスクをどう抑えるか、という問題がジビエにはあります。

家畜の疾病は野生動物と共有のものが多く、互いに行き来します。

畜産の分野では飼育者がいて常に農場単位で感染症が把握されているのですが、野生動物は個体ごとにバックグラウンドが異なり、それぞれ全く素性が知れない相手です。

個体ごとの検査が必要となれば、畜産の分野に比べて圧倒的に多額のコストがかかることになります。

豚コレラのように肉の内部にウイルスが残るような感染症では、その肉の流通は畜産の分野へ感染を広げうる非常に危険な存在となってしまいます。

野生動物を捕獲し移動させる行為そのものも、細菌やウイルスを同時に運びうるため感染症を拡大させる主要な要因となりえます。

現在ジビエは「死体の処理コストを下げるため」に有用とされているのですが、畜産の分野へ桁違いの損害を生じさせるリスクがあるのです。

豚コレラは国内の野生動物ではイノシシのみの感染する感染症であるため、実はこれでも影響は小さいほうであると考えられます。

口蹄疫や鳥インフルエンザのような、宿主域が広くて多種多様な生物に感染する疾病が国内に侵入・定着した際は、はるかに大きな問題となるでしょう。

肉としての競合に加え、こういったリスクの面からも、産業としてのジビエと畜産の両立は非常に困難なのです。

⑤ 目的と思惑の不一致

環境省および農水省は、シカやイノシシの個体数について平成35年までに半減させることを目標としています。

ソース:抜本的な鳥獣捕獲強化対策

捕獲の足かせとなっている捕獲個体の処分をジビエによって解決し、それによって捕獲個体を伸ばし、シカやイノシシを減らすというストーリーです。

では、ジビエ処理場は、シカやイノシシが半減した状態で経営が成り立つのでしょうか?

ジビエの処理業者は、シカやイノシシの個体数半減に賛同し、協力するのでしょうか?

この部分に、ストーリー上の大きな矛盾があります。

ジビエ産業の側に立った視点で見れば、他の多くの問題とは真逆で、シカやイノシシは多ければ多いほど望ましい状態です。

シカやイノシシが多いほど安定的かつ低コストに資源が確保でき、ジビエ処理業者は利益を上げることができます。

多いほうが望ましいという立場は狩猟者の利益(リンク先②)とも合致しています。

シカやイノシシが多いほど、狩猟者は獲物を簡単に獲ることができるからです。

そして、この2者が協力することで、鳥獣を減らさない方向へと強力に誘導することが可能です。

例えば、ジビエ処理業者はオスに対して捕獲が向くように仕入れ値を誘導することで、シカやイノシシにおいては個体数の抑制を緩和することができます。

あるいはジビエ処理業者が協力的な特定の狩猟者のみと契約・支援し、一定の地域に入る狩猟者数をある程度コントロールすることも可能です。

つまり個体数の抑制にこれまで貢献してきた、自分で食べるために獲物を狙うハンターや新規のハンターを排除するのです。

狩猟者の世界では、「ナワバリ」と呼ばれる、ある地域に狩猟に入る人を制限し獲物の数を維持しようとする不文律があります。

捕獲圧をコントロールしようとする、つまり相手を減らさないように捕獲を制限する前例が既にあるのです。

仕入れ方に限らず、ジビエ産業側の要望及び狩猟者の要望の形でタッグを組み、捕獲への補助や制度そのものについて口を出すこともできます。

例えば「ジビエ利用以外の個体数抑制策は取るべきではない」「ジビエ利用に協力する捕獲者を優遇せよ」というようなものです。

捕獲個体の処理の問題をジビエ産業によって解決しようというアイディアは、それぞれの立場と思惑を完全に無視したものなのです。

シカやイノシシの個体数が減ればジビエの単価が上がり、生産量が減っても大きな損失は出ないだろうという意見もあります。

しかし生産量の減少と単価の上昇は、日本より高度に整備された衛生基準を持つ外国産のジビエが流れ込む圧力を生み、国内のジビエ処理業者が壊滅状態に追い込まれることにつながります。

これは林業のような他の産業でも見られた構図です。

生活がかかったジビエ処理業者は、シカやイノシシの個体数の減少とそれによる価格の高騰に最大限の注意を払って行動することになります。

あるいはシカでは、養鹿(ようろく)という方法が国内で主流になってしまうかも知れません。

飼育して繁殖させたシカによって安定的に安全な獣肉を供給する産業は、市場ではしばらく喜ばれるかも知れませんが、野生のシカの問題とは全く無縁です。

ジビエという産業を整備すれば、鳥獣被害における利害関係者を増やし、被害管理を難しくする可能性が大きいのです。

⑤ なぜこうなった?

なぜこのような、野生動物から見ても、消費者から見ても、ジビエ処理業者から見ても無責任な施策が打たれているのでしょうか?

その根底には情報量のねじれがあります。

鳥獣被害を受ける住民の多くが「昔は獣肉が売れたから猟師が多くいた」という猟師の言葉を「獣肉が売れれば捕獲が伸びるだろう」と単純に解釈している現状があります。

「なぜ獣肉が売れなくなったのか」についての情報、つまり畜産の存在が忘れ去られているのです。

「売れれば捕獲が伸びる」との声に押され、あるいは同様に単純に考えた行政のトップがこういった施策を打つ結果となっているようです。

実際、ジビエに関する事業の多くはトップダウンで組まれています。

行政のトップは人気が落ちれば解雇される究極の短期雇用であるため、住民の意見を聞き入れた後に起こる不具合は二の次です。

残念ながら研究者の中にも、社会全体の利益以外の思惑をもって行動する人が存在します。

野生動物の研究では野生動物の血などのサンプルを得ることが非常に難しく、まとまった数のサンプルが手に入る仕組みはとても大きな研究上の価値があります。

そのため、ジビエ加工場に付随するサンプル収集機関としての機能を狙って「ジビエを推し進めるべきだ」との意見を述べる専門家もいるのです。

こういった思惑や利害に加え、ジビエという発想を生む構造を、まずは多くの人が理解する必要があります。

今後も、コストの削減が主目的であったはずのジビエが、多大なコストを生じさせる結果とならないか、注視していこうと思います。

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相手を知らないという恐怖 「クマ」

近年、国内でクマ類による人身事故のニュースをよく聞くようになりました。

シカやイノシシと同じく、クマも近年生息分布を拡大しており、個体数も増えてきていることが予想されます。

今回はそのクマについてまとめます。

クマという生き物は危険な存在なのでしょうか。

① 日本のクマの基本

実は、日本には2種類のクマ類が存在しています。

ヒグマとツキノワグマです。

ヒグマ

ツキノワグマ

生息分布 北海道 本州 四国
体長 平均 180cm 平均 130㎝
体重 平均 100~200kg 平均 60~100kg

※体長は鼻の先から尾の付け根までの長さのこと

どちらも主に植物質の食べ物を餌としていることや、冬眠すること、出産が冬眠中で産子数が1~2頭であるところは同じです。

しかし大きさが全く異なり、それが人身事故の結果にも影響しています。

人身事故が起こった場合、ヒグマでは襲われた方の37%が死亡しているのに対し、ツキノワグマでは襲われた方が死亡したのは全体の2%程度です。

ソース:日本クマネットワーク報告

実は事故発生時の結果も、種によって大きく異なるのです。

 

② クマの実際のリスク

それではクマ類はどれほどの死者を出しているのでしょうか。

以下の表は、人が遭遇する様々な死因の年間の死者数を比較したものです。

死因 全国の死者数
ツキノワグマ+ヒグマ 平均 約1人
平均 約2.5人
落雷 平均 約3人
毒蛇(主にマムシ) 平均 約5人
狩猟事故(自殺除く) 平均 約6人
ハチ(主にスズメバチ) 平均 約30人
遭難(行方不明含む) 平均 約250人
他殺(殺人) 平均 約600人
交通事故 平均 約5,000人
自殺 平均 約30,000人

ソース:環境省クマ類対策マニュアル
ソース:警察白書
ソース:人口動態統計

実際には、クマ類は他の死因に比べて死者をあまり出していません。
(ただし上の表のクマの事故データは平成18年までのものであり、以降の10年では年間2人程度になるかもしれません)

全国的にクマの被害が多かった平成26年は、年間124件のクマによる人身事故が発生しました。

その際「山菜採りやキノコ採りの際はクマに注意しましょう」と注意喚起がなされましたが、実は山菜やキノコによる食中毒は同年235件発生しています。

ソース:植物性自然毒による食中毒
ソース:日本クマネットワーク報告

数字上は、クマよりも山菜やキノコを食べることのほうが危険なのです。

また同じ大型哺乳類で見ると、シカは「交通事故」という形で人身事故を発生させています。

例えば、ヒグマの人身事故件数は年間数件ですが、エゾシカの交通事故は年間2000件弱発生しています。

ソース:エゾシカの交通事故
ソース:ヒグマの人身事故

クマ類は見た目や先入観から、多くの人にリスクを過大に見積もられているのかもしれません。

我々はよく混同しますが「怖さ」と「危険性」は別なのです。

実際の数字をもとに考えると、安全のための対策について圧倒的に優先度が高いのは、実はシカのほうなのです。

③ 攻撃の意図

ではクマ類は安全かというと、そうではありません。

実際に事故も発生しており、比較的小型のクマ類であるツキノワグマであっても、その気になれば簡単に人の命を奪うことができます。

2016年に秋田で発生した人身事故では4名の方が命を落としており、ツキノワグマが人を獲物と認識して襲撃したものと考えられています。

しかしそういった積極的な襲撃例は非常に珍しく、ツキノワグマに限っては、2016年のものが正確な記録としては初かも知れません。

国内には1万数千頭のクマが生息しているとされており、積極的な攻撃は過去数十年においてたった1件です。

人を餌と見なした攻撃がほとんど見られず、クマ類による死者が比較的少ないのは、クマ類が基本的に人を恐れ、近づいてこないからです。

人がクマを恐れるように、クマも人を恐れます。

国内の事故のほとんどは、偶然が重なって人とクマが近距離で出会い、クマが自身や子の防衛を目的とした攻撃を起こしたものです。

わざわざクマが人に接近して攻撃する行為は、その行動を起こすほどの差し迫った理由があるために発生します。

統計上は表に出てきませんが、大部分の事故が親子グマによるものでしょう。

突然1頭のクマに襲われたという報告が見られますが、親グマは人の注意を自分へと逸らすために威嚇や攻撃に踏み切り、小グマは木に登っているか藪に隠れているため被害者が気づくことは少ないので、このような報告になりやすいのではないでしょうか。

ではクマを相手に、人はどのような対策が必要なのでしょうか?

④ 予防のために

クマの事故に対して「襲われた時にどうすれば良いか」という発想は意味がありません。

状況、相手、襲われた人によって最善手が異なりますし、襲われたようなあまりに急な場面において、その状況把握と最善手の実行が普通の人には現実的に不可能だからです。

クマと出会う可能性を下げること、襲われるような場面を避けることが、最も効果を期待できる対策です。

基本的な対策は以下のようなものです。

・山林や自然公園等へ行く際は鈴やラジオを持っていき、複数人で行動する
・人が長時間いないような場所で車を降りる際は、周りをよく見てから降りる
・農山村においては民家付近の不要な柿、栗、竹を伐採する
・生ゴミや漬物等を自宅周辺に放置しない

「クマに人の存在を気づかせ、そこから移動するよう誘導する」
「クマが人里周辺に集まってくることを防ぐ」

というのが人身事故予防上の最善手です。

闇雲にクマを怖がる前に、これらの対策を実施しましょう。

多くの事故は「クマなんてこの辺にはいないだろう」という思い込みが遠因です。

クマは行動範囲が広く、本州、四国、北海道の山地であればどこにでもいると考えるべきです。

しかし十分な対策を実施していても、クマが存在している限り、リスクを完全にゼロにすることはできません。

では、人の生活圏に近いところなどではクマを捕獲し除去してしまうべきなのでしょうか?

⑤ 捕獲すれば安全?

クマが目撃された場合、多くの自治体で捕獲が検討されます。

「危ないから周辺から取り除いてくれ」という住民の意見をもとに、行政的な対応として捕獲が計画されます。

ところが、あまり知られていませんが、捕獲という行為はそれ自体がかなり危険な行為なのです。

例えば

・銃による捕獲を実施し、半矢で逃がしたor市街地に追い出した

・罠による捕獲を実施し、子グマが捕まった
・銃による捕獲において、子グマへ発砲した

というような場合、クマが自身や子の防衛のために非常に攻撃的になり、逆にとても危険な場面を作り出してしまいます

ソース:岐阜大学のクマ対策ページ

捕獲とは、自然状態で大きな危険を持たないクマを、非常に危険な状態に追い込む最終手段なのです。

野生動物は(誰のものでもない)無主物であるため、山林での偶発的な人身事故は予防をしなかった本人に責任がありますが、捕獲に起因する人身事故の場合、捕獲を実施した者の責任です。

一番大きな問題は、捕獲を計画する者、捕獲を要望する者、捕獲を実施する者がみなクマの生態や対応、リスクに関する正確な情報をほとんど持っていないという状況にあります。

クマ類は山林に広く生息しており、行動範囲も広く、捕獲し尽くすことはできません。

「危ないから捕獲をする」のではなく、逆に「捕獲をするから危ない」という状況が多く生じてしまっているのです。

実際、クマによる人身事故の件数には捕獲されたクマに関連するものが多く含まれています。

クマ類は行動範囲が広く明確なナワバリを持たないため、1頭捕獲したからといって周辺にクマがいない証明にもなりません。

一方で実際には、忘れてはいけませんが、捕獲しなければならない個体も存在します。

それは人とエサを関連付けて学習してしまったような個体です。

人がクマにエサをやったり、人の生活圏でエサを得続けてしまったような個体は「人の近くに行けばエサを得られる」と人に積極的に近づき、攻撃にも転じる場合があります。

この行動の変化は米国の自然公園のクマで多く確認され、以降は餌付けやクマの生息域でのゴミの放置等が非常に危険な行為であるということが常識となっています。

⑥ 行政システム

クマにはどのような対応の仕組みがあるのでしょうか。

実は、野生動物に専門的に対応する部署は行政内にほとんど存在しません。

クマの場合、事故が発生した際に行政の環境や農林の部署、警察、消防等が現場に駆け付けます。

ところが、これらの部署の人員はクマを含む野生動物関連の危機管理について専門的な知識や技術をほとんど持っていないのです。

よく猟友会という狩猟者団体が対応に当たっているように報道がなされますが、実際に現場で判断するのは行政で、猟友会は捕獲をする人員にすぎません。

加えて猟友会は「山林の中で獲ること」については一定の技術を持っていますが、緊急対応については素人であり、危機管理の専門家ではありません。

近年では猟友会の中でもクマを捕獲する人がほとんどおらず、日ごろ鳥などを狩猟している人が銃を持っているというだけで現場に出ている場合もあります。

そもそも、クマによる死者よりも狩猟事故による死者の方が多いのが現状です。

一部の先進的な自治体を除けば、危機対応はほとんど素人のみで実施されています。

もし行政に何かを要望する場合、それは捕獲ではなく、行政組織内に専門家をしっかり抱え、対応や判断を的確に行える体制整備が先でしょう。

クマは人身事故をめったに起こさないため、ここに必要以上のコストをかける事は避けなければなりませんが、都道府県レベルであれば野生動物のリスク管理専門の行政職員の配置を検討しても良いのではないでしょうか。

⑦ 知るという対策

クマに対して万全の対応や絶対に襲われない方法はありません。

ただ、多くの人がクマの生態やリスク、事故の予防方法を十分に知っており実施しているかと言えば、そうではありません。

クマを必要以上に怖がる人や危険性を叫ぶ人は、基本的な情報を得ていないことが多いように感じます。

ところが、こういった基本的な情報を拡散することは大きなメディアには期待できません。

多くの人がクマにおびえて怖がっているほうが、視聴者・購読者を呼び込みやすく、広告収入につながるという構図があるからです。

これは他の分野にも言えることですが、メディアは元来、的確な情報の普及より先に危機感を煽りやすい性質を持っています

クマの事故は程度に限らずほぼすべてニュースに取り上げられますが、自殺者や交通事故のような見慣れた情報がすべて報道されることはありません。

クマ類の研究者(自称)のような、自身の著作や記事を売るためにクマのリスクを過大に煽る者も出てくるかも知れません。

クマはにスポンサーもなく、猛獣のイメージがあるために恰好の的です。

「人がなぜクマのリスクを過大に見積もるのか」は、クマの問題ではなく人側の情報の流れに大きな理由があるように思います。

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大型哺乳類によって生じる問題の背景

近年、シカやイノシシ、クマといった大型哺乳類が引き起こす問題が大きく報じられるようになってきました。

草を食むシカ

農作物や林産物を食べてしまったり、交通事故を起こしてしまったり、ダニやヒルを増加させてSFTSのような感染症を蔓延させる間接的な原因になってしまったりといった問題です。

ヤマビル

シカについては森林内の草木を食べてしまい、森林の持つ土砂災害を防ぐ機能や水を保持する機能を低下させてしまうことも問題となっています。

シカの影響  柵の内側だけ植物が残っている

環境省の調査においても、近年すべての大型哺乳類で生息分布が拡大し、個体数が増加している可能性が示されています。

リンク:環境省の生息分布調査資料
リンク:環境省のイノシシ・シカの個体数推定資料

大型哺乳類について、なぜこのような状況になったのか、調査した結果をご報告します。

① 山林利用の減少

シカやイノシシが人里に出てくるのは森林の開発によって山に餌がなくなったからだ、という意見をよく耳にします。

実際にはどうなのでしょうか。

以下は、農林水産省及び経済産業省の統計から作成したグラフです。

リンク:農林水産省統計ソース
リンク:経済産業省統計ソース

どうやら事実は大きく異なります。

第二次世界大戦の後、日本は薪や炭といった山林で得られるエネルギー源から石油や石炭といったほぼ輸入に頼ったエネルギー源への変化を遂げています。

加えて国内の木材生産に伴う伐採も、近年は戦後最少という状況です。

日本は木材生産のために、天然林を切り開いて人工林を増やしていく「拡大造林」という政策をとっていましたが、それも50年も昔の話で、近年になって大型哺乳類の出没が増加した理由にはなりません。

つまり、現代の森や山は人の手が入らなくなった状況であり、その中で大型野生哺乳類の増加が起こっているのです。

② 狩猟者の減少

現代における大型哺乳類の天敵と言えば、狩猟者です。

その狩猟者も危機的な状況にあります。

以下は、環境省の統計情報から全国の狩猟者数の推移を示したグラフです。

全国の狩猟免許所持者数の推移

狩猟者は昔に比べて減少していますが、下げ止まっているように見えます。

ところが、実際はどんどん危機的になっています。

以下は岐阜県のニホンジカ第二種特定鳥獣管理計画内のグラフです。

岐阜県の狩猟登録者の年齢構成の推移

リンク:岐阜県ニホンジカ管理計画

一つの地方自治体のデータですが、狩猟者の年齢構成の山がどんどん高齢のほうへ押し流されているのが分かります。

捕獲者の数が持ちこたえたとしても、高齢者マークをつけた狩猟者が大半という状況になってしまうことが予想されます。

山林での動物の捕獲という危険かつ労力の大きな作業を、高齢者に依存しかねない状況になっているのです。

② 狩猟者の減少 続き

なぜ狩猟者は減少しているのでしょうか。

狩猟者に聞いた際によく聞くのが以下の内容です。

・怪我をした、体力的にきつくなった
・猟銃の所持が厳しくなった
・肉が売れなくなった

狩猟は体力を使う作業であり、怪我や衰えで引退するのは致し方ありません。

問題は新しい世代が入ってこない状況のほうです。

データで見ると、昭和50年代に若い世代が参入しなくなっていったのは肉の価格に原因がありそうです。

以下のグラフは、全国の豚の枝肉生産量と岐阜県の狩猟登録者の推移を重ねてみたものです。

狩猟免許所持者数(岐阜県)と枝肉生産量の推移

リンク:豚の枝肉生産量ソース
リンク:岐阜県イノシシ管理計画資料編

豚の枝肉生産量がピークに向かうタイミングで、狩猟者が激減しています。

特にイノシシは豚と非常に味が近く、肉として競合します。

職業としての狩猟者がいなくなったのは、畜産の復興による肉の価格の下落が大きな原因でしょう。

戦前はそれなりに畜産が発達していたようですので、第二次大戦終戦直後の獣肉の需要はむしろ戦争の混乱による特別なものだと考えられます。

畜産の肉が安定的に供給されている現在の状況が通常と考えるべきかも知れません。

現状では、狩猟で得た肉に十分な対価を得ることは難しいでしょう。

③ 鳥獣の保護政策

食糧難と毛皮の需要のため、実は戦後のニホンジカは絶滅を危惧されるレベルまで減少していました。

これまで狩猟が禁止された中型~大型の哺乳類と期間は以下の表のとおりです。

動物種 禁猟期間
ニホンジカ(メス) 1948 ~ 2007(全面解禁)
ニホンザル 1946 ~ 現在
ニホンカモシカ 1925 ~ 現在
ツキノワグマ 自治体によって禁猟期間あり

リンク:狩猟鳥獣の変遷(生物多様性センター)

現在は多くの自治体でメスジカの狩猟頭数の制限も解除されていますが、過去のメスジカの禁猟期間は個体数の回復に大きく影響したと考えられます。

一方で、イノシシのように禁猟期間が無いのに生息分布を広げている種もおり、当時の保護政策のみが問題であったとは言えません

これらの政策が無ければシカやサルが絶滅していた可能性もあります。

しかしこれらの生物が増加してしまった現在も、猟期が特定の期間に制限されており、狩猟により一年中捕獲ができるわけではありません。

この点については適切な形に見直す(リンク先③)必要があります。

④ ニホンオオカミの絶滅

ニホンオオカミの絶滅によって大型哺乳類の天敵がいなくなったことが、シカやイノシシの個体数増加の背景として指摘されています。

ニホンオオカミが最後に確認されたのは1905年です。

実際には最後の確認よりかなり以前に減少が始まっていたでしょう。

ニホンオオカミ絶滅の原因は、駆除や犬からくる伝染病、餌の枯渇等の複合的な要因だと言われています。

戦前は山林の利用が非常に活発であり、17世紀以降は猟銃の出現によってシカやイノシシの捕獲が高度になってきました。

この頃からシカやイノシシの天敵はオオカミというよりは人間だったと考えられます。

そしてニホンオオカミ絶滅の社会への影響は、猟師が多く存在している間(つまり近年まで)ほとんど議論されませんでした。

ニホンオオカミの絶滅が大型哺乳類増加の遠因になっていることは否定できません。

しかし過去100年程度の期間では、どちらかと言えば猟師の存在のほうが数の抑制に対して重要であったと見ることができます。

なお、オオカミの導入によるシカの抑制についてはこちらにまとめてあります。

⑤ まとめと今後の予測

大型哺乳類の増加はいくつかの要因の組み合わせで起こっています。

明らかなのは、人の状況を含め日本の環境が大型哺乳類にとって都合のよい状況になったために現在の問題が起こっているということです。

大型哺乳類は住処を追われたわけではなく、住処が拡大し、人の生活圏と重なるようになったために多くの問題を引き起こすようになりました。

今後はその生活圏の重複が続くことによって問題がさらに激しくなっていくと考えられます。

これまで大型哺乳類は人を警戒して同じ場所での活動を避けてきましたが、生活圏の重複が続けば人馴れが生じます。

ヒルやダニ、感染症、農業被害、交通事故は動物の分布拡大に伴って範囲が拡大していき、動物の人慣れによってこれらが悪化し、より深刻な状況が発生することを今後は覚悟しなければなりません

それを制御するためにも、正確な現状把握と根拠を伴った対策が必要なのです。

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