野生生物の問題が改善しない構造

 

野生生物に関連した問題がなぜ解決しないのか、構造についてまとめました。

生き物側の話ではなく、人側の構造の話です。

野生生物に限らずどの分野でも同じ問題に当たっているかも知れません。

① 各課題の中心

これまでのレポートの中でも、法律の問題に触れてきました。

外来生物
ネコ
銃の所持

日本は法律の制定・改定にとても時間がかかるので、大きな事故や事件が無ければ法律が変わりません。

しかし、事故や事件を契機に法律が議論される場合、声に押されて見栄えを意識した形へ変更しようとするため、実効性が乏しくなってしまう事が多くあります。

日本は行政の失敗に注目が集まりやすいのですが、その行政対応の根拠である「現行の法律」はあまり議論されません。

発生した問題の中心が法律にあるのか行政対応にあるのか精査されずに批判が増えた場合、時間がかかる「法律」ではなく「行政措置」で解決を模索する傾向があります。

もちろん、法律に問題があれば、行政措置に解決を求めてもうまくいきません。

逆もそうです。

・行政対応に課題がある例:有害鳥獣捕獲

② 人員配置(現場対応人員)

問題の中心がどこにあっても、解決への大きな障壁となるものがあります。

それは行政の人員配置です。

野生生物の問題解決にあたる行政職は、実は、日本にはほとんどありません。

人と生物の間には数多の問題があり、生物多様性には膨大な価値があるのに、問題に対応する体制の整備がほとんど進んでいないのです

野生生物への対応が進んでいる国では、野生生物の現場対応、調査分析、政策立案を担う専門の行政職と行政組織があります。

これら専門職は、軋轢の解消というより自然資源の管理をもともとの目的として設置され、仕事の範囲を拡大させている形が多いようです。

水産資源と野生生物資源の管理を一つの組織が担う国もあります。

日本の場合、国立公園のような限られた地域や水産資源、農業の虫害等を除き、野生生物の管理を専門とした行政組織はありません。

農業、林業、水産、畜産試験場は各都道府県にありますが、野生生物資源の研究所はありません。

野生生物のどの問題をどの部署が担当するのかも明確には決まっていません。

例えば「シカ」は、農業被害、林業被害、交通事故、ダニやヒルの増加、家畜感染症の媒介、人獣共通感染症の媒介、食中毒、希少植生への圧迫、森林環境の改変(土砂災害)と、様々な部署をまたいで問題を起こします。

このため、「(シカをどうするのか)を誰がどう決めるのか」という点でも議論が生じる余地があります。

生物には膨大な種がいますから、引き起こす問題も多種多様、予期していなかった影響や、見えずに進行している影響もあります。

ある部署では利益があるものの、他部署では害をなしているものもあり、情報共有や方針決定に混乱が生じやすくなっています。

こういった環境が背景にあるため、問題が顕在化(巨大化)して行政対応を考える際に、まず「それをどこが担当するか」で仕事の押し付け合いが生まれます

どの部署も抱えている仕事が多く、それぞれ仕事を増やさぬよう、気付いても知らぬフリをするのです。

例えば環境の部署では、外来生物&狩猟管理&希少種の絶滅リスクを担当するのが一人で、それ以外にも多くの許可事務を兼務するような悲惨な状況がよくあります。

少しでも手を出すと自分の担当であると既成事実化される恐れがあるため、どの部署も情報収集にすら関与しようとしません。

 

運悪く仕事を振られた担当者は、予算の配分、計画・事業策定、会議などを仕事の中心とします。

もちろん現場に出る事はほとんどなく、机上の空論が生じやすくなります。

これらのデスクワークをさらに非効率にしている仕組みがあります。

「異動」です。

③ 人員配置(施策立案と異動)

行政には、基本的にどの部署でも異動があります。

国の場合は基本的に省庁で採用が分かれるので、例えば環境省では環境省の内側で異動があります。

一方、地方自治体では市町村や都道府県の中で幅広い異動があります。

多くは2~3年のサイクルで担当者が変わっていきます。

野生生物の課題解決にあたるのは普通の公務員試験を受けて入った職員であり、専門の教育を受けているわけでも、技能を持っているわけでもありません。

どういった部署を渡り歩くのかは自治体によります。

野生動物の担当になる前、福祉だったり、産業だったり、文化だったり、野生生物と関係の薄い分野を担当している事もあります。

この異動は「ジェネラリスト」を目指したキャリア形成を目的としています。

ジェネラリストとは、簡単に言えば「広く浅く行政の仕事を理解した人材」の事です。

異動にはこの他、「組織の交流の活性化」「モチベーションの維持」「談合等の不正の防止」等の理由があるとされています。

ただ、その弊害があまりに大きいように感じられます。

異動があると、担当者の知識や経験が2~3年でリセットされ、初心者の状態から永遠に脱しません。

担当者の時間のほとんどが自分が置かれた状況の把握に費やされ、数年担当して全体像が見えた頃に異動となります。

これがほぼ全ての職員で起こっているのです。

このような状況では担当者個人どころか行政組織内に知識や経験が蓄積されず、事業の継続性が損なわれます。

異動を控えた状態であるため、担当者は施策の計画立案にも責任を持たなくなります。

野生生物の問題は長期間のモニタリングを必要とするものが多く、対策や事業の効果が数十年かけて現れる事もあります。

異動があるため、担当者は自分の在任中に仕事の結果を見る事が無く、評価も受けられません。

これでは成功や失敗の理由の追跡以前に、そもそも失敗か成功か判断する能力を行政内部に保てません

時間が経てば、過去の事業成果や報告書は書類の山に埋もれていきます。

あまりにも非効率です。

行政職員に聞くと、状況はもっと悪いようです。

前任者やそれ以前の担当者が無責任にこなした仕事の後始末が現担当者・部署の重荷になり、その“地雷”をいかに爆発させずに次の担当へ受け流すかが重要なスキルと見なされる側面すらあるようです。

異動は逆らえないものであるため、野生生物の研究に関わっていたような人材がたまたま担当し、担当を続けることを望んだとしても、認められません。

現実的には、野生生物担当の適任者が現れても、それが適任かどうか誰も分からず、適切な評価も受けられず、成果も受け継がれないでしょう。

日本は、現場対応を担う行政職や行政機関が無いどころか、地域の対策を考える自治体にブレインとしての機能が無い、恐ろしい状況にあるのです。

④ 専門組織欠落の影響

自治体に期待ができない状態であっても、国がしっかりしていれば何とかなるのではないか?という意見があるかも知れません。

しかし、地方自治体の力不足は国の対応にも影響を与えます。

国が法律や事業を考える際、自治体が持つ力を前提にするからです。

例えば、法律を作っても「誰がその法を執行するのか」という問題があります。

実質的に取り締まりが出来ない体制で法律だけ作っても、実効性がありません。

狩猟

調査やデータ収集を誰がやるのか、という問題もあります。

問題の分析や解決のための情報収集には十分な専門性が必要なのですが、自治体にはそれがありません。

国は直接情報を収集するルートが乏しく、都道府県(都道府県を介して市区町村)を間に挟んだ形でしか現場の情報が得られません。

専門でない組織が片手間で情報を集めれば、現状の理解を誤り、法案や施策も歪んだ方向へ向かいやすくなります。

ジビエ

もう一つ、普及啓発の問題もあります。

適切な法律や施策を立案する際、非常に重要なのが一般市民の理解度です。

現場対応に当たる専門職が無く、市民への普及資料を作り直接説明する職員が存在しなければ、一般市民の理解度はなかなか向上しません。

クマの問題が1例です。

海外では野生動物管理を担う部署がクマの出没対応にあたり、専門的な知識や経験をもとに市民へ直接的に説明する場面があります。

日本の場合、対応に当たるのが異動のある一般職員であるため、極めて表面的な指導となってしまい、クマの生態や対応方法がなかなか浸透しません。

法律を適切に作り運用するためには、自治体にもそれなりの専門性と組織が必要です。

近年議論されているEBPM(根拠を伴った政策決定)も、適切な情報が適切な分析を伴って存在していなければ空回りします。

問題の中心が法律なのか行政対応なのかも分かりません。

国だけ頑張っていても解決するものではないのです。

⑤ ではどうする?

少なくとも、野生生物(自然資源)の管理を担う部署を明確化し、専任の職員を設置する必要があります。

全ての市町村に職員を配置するのは予算的に難しいでしょうから、都道府県レベルで行政組織を設置する事が現実的かも知れません。

 

施策立案に関わる人事に関しては、異動のあるジェネラリストと固定的なスペシャリストを混ぜた形にするのが最良ではないかと思います。

スペシャリストに関しては、研究所や専門の行政機関と本庁の間で専門職が回る部分があると理想的だと思います。

現状は、図の「スペシャリスト」部分がそっくり抜け落ちている状態です。

図のような形にすれば、行政の中に野生生物に関する知見や施策経験が蓄積され、採用した施策が成功であれ失敗であれ、それを次に活かす事ができます。

「組織の交流の活性化」「モチベーションの維持」「談合等の不正の防止」も期待できるのではないかと思います。

施策の立案や計画策定に関与した担当者は、異動後もそのプロジェクトに責任を持つような構造をとる必要があるでしょう。

スペシャリストが隣にいれば、ジェネラリストの育成も効率化できます。

こういった環境をどのようなステップで整備するのか?

これは非常に難しい問題です。

ただ、問題の根源がどこにあるのかを多くの人が理解していれば、時間はかかっても良い方向に向かうはずです。

逆に、問題の根源が共有されなければ、この先も同じような失敗を繰り返す事になります。

ぜひ、この情報を多くの人と共有して下さい。