野生生物の問題が改善しない構造

 

野生生物に関連した問題がなぜ解決しないのか、構造についてまとめました。

生き物側の話ではなく、人側の構造の話です。

野生生物に限らずどの分野でも同じ問題に当たっているかも知れません。

① 各課題の中心

これまでのレポートの中でも、法律の問題に触れてきました。

外来生物
ネコ
銃の所持

日本は法律の制定・改定にとても時間がかかるので、大きな事故や事件が無ければ法律が変わりません。

しかし、事故や事件を契機に法律が議論される場合、声に押されて見栄えを意識した形へ変更しようとするため、実効性が乏しくなってしまう事が多くあります。

日本は行政の失敗に注目が集まりやすいのですが、その行政対応の根拠である「現行の法律」はあまり議論されません。

発生した問題の中心が法律にあるのか行政対応にあるのか精査されずに批判が増えた場合、時間がかかる「法律」ではなく「行政措置」で解決を模索する傾向があります。

もちろん、法律に問題があれば、行政措置に解決を求めてもうまくいきません。

逆もそうです。

・行政対応に課題がある例:有害鳥獣捕獲

② 人員配置(現場対応人員)

問題の中心がどこにあっても、解決への大きな障壁となるものがあります。

それは行政の人員配置です。

野生生物の問題解決にあたる行政職は、実は、日本にはほとんどありません。

人と生物の間には数多の問題があり、生物多様性には膨大な価値があるのに、問題に対応する体制の整備がほとんど進んでいないのです

野生生物への対応が進んでいる国では、野生生物の現場対応、調査分析、政策立案を担う専門の行政職と行政組織があります。

これら専門職は、軋轢の解消というより自然資源の管理をもともとの目的として設置され、仕事の範囲を拡大させている形が多いようです。

水産資源と野生生物資源の管理を一つの組織が担う国もあります。

日本の場合、国立公園のような限られた地域や水産資源、農業の虫害等を除き、野生生物の管理を専門とした行政組織はありません。

農業、林業、水産、畜産試験場は各都道府県にありますが、野生生物資源の研究所はありません。

野生生物のどの問題をどの部署が担当するのかも明確には決まっていません。

例えば「シカ」は、農業被害、林業被害、交通事故、ダニやヒルの増加、家畜感染症の媒介、人獣共通感染症の媒介、食中毒、希少植生への圧迫、森林環境の改変(土砂災害)と、様々な部署をまたいで問題を起こします。

このため、「(シカをどうするのか)を誰がどう決めるのか」という点でも議論が生じる余地があります。

生物には膨大な種がいますから、引き起こす問題も多種多様、予期していなかった影響や、見えずに進行している影響もあります。

ある部署では利益があるものの、他部署では害をなしているものもあり、情報共有や方針決定に混乱が生じやすくなっています。

こういった環境が背景にあるため、問題が顕在化(巨大化)して行政対応を考える際に、まず「それをどこが担当するか」で仕事の押し付け合いが生まれます

どの部署も抱えている仕事が多く、それぞれ仕事を増やさぬよう、気付いても知らぬフリをするのです。

例えば環境の部署では、外来生物&狩猟管理&希少種の絶滅リスクを担当するのが一人で、それ以外にも多くの許可事務を兼務するような悲惨な状況がよくあります。

少しでも手を出すと自分の担当であると既成事実化される恐れがあるため、どの部署も情報収集にすら関与しようとしません。

 

運悪く仕事を振られた担当者は、予算の配分、計画・事業策定、会議などを仕事の中心とします。

もちろん現場に出る事はほとんどなく、机上の空論が生じやすくなります。

これらのデスクワークをさらに非効率にしている仕組みがあります。

「異動」です。

③ 人員配置(施策立案と異動)

行政には、基本的にどの部署でも異動があります。

国の場合は基本的に省庁で採用が分かれるので、例えば環境省では環境省の内側で異動があります。

一方、地方自治体では市町村や都道府県の中で幅広い異動があります。

多くは2~3年のサイクルで担当者が変わっていきます。

野生生物の課題解決にあたるのは普通の公務員試験を受けて入った職員であり、専門の教育を受けているわけでも、技能を持っているわけでもありません。

どういった部署を渡り歩くのかは自治体によります。

野生動物の担当になる前、福祉だったり、産業だったり、文化だったり、野生生物と関係の薄い分野を担当している事もあります。

この異動は「ジェネラリスト」を目指したキャリア形成を目的としています。

ジェネラリストとは、簡単に言えば「広く浅く行政の仕事を理解した人材」の事です。

異動にはこの他、「組織の交流の活性化」「モチベーションの維持」「談合等の不正の防止」等の理由があるとされています。

ただ、その弊害があまりに大きいように感じられます。

異動があると、担当者の知識や経験が2~3年でリセットされ、初心者の状態から永遠に脱しません。

担当者の時間のほとんどが自分が置かれた状況の把握に費やされ、数年担当して全体像が見えた頃に異動となります。

これがほぼ全ての職員で起こっているのです。

このような状況では担当者個人どころか行政組織内に知識や経験が蓄積されず、事業の継続性が損なわれます。

異動を控えた状態であるため、担当者は施策の計画立案にも責任を持たなくなります。

野生生物の問題は長期間のモニタリングを必要とするものが多く、対策や事業の効果が数十年かけて現れる事もあります。

異動があるため、担当者は自分の在任中に仕事の結果を見る事が無く、評価も受けられません。

これでは成功や失敗の理由の追跡以前に、そもそも失敗か成功か判断する能力を行政内部に保てません

時間が経てば、過去の事業成果や報告書は書類の山に埋もれていきます。

あまりにも非効率です。

行政職員に聞くと、状況はもっと悪いようです。

前任者やそれ以前の担当者が無責任にこなした仕事の後始末が現担当者・部署の重荷になり、その“地雷”をいかに爆発させずに次の担当へ受け流すかが重要なスキルと見なされる側面すらあるようです。

異動は逆らえないものであるため、野生生物の研究に関わっていたような人材がたまたま担当し、担当を続けることを望んだとしても、認められません。

現実的には、野生生物担当の適任者が現れても、それが適任かどうか誰も分からず、適切な評価も受けられず、成果も受け継がれないでしょう。

日本は、現場対応を担う行政職や行政機関が無いどころか、地域の対策を考える自治体にブレインとしての機能が無い、恐ろしい状況にあるのです。

④ 専門組織欠落の影響

自治体に期待ができない状態であっても、国がしっかりしていれば何とかなるのではないか?という意見があるかも知れません。

しかし、地方自治体の力不足は国の対応にも影響を与えます。

国が法律や事業を考える際、自治体が持つ力を前提にするからです。

例えば、法律を作っても「誰がその法を執行するのか」という問題があります。

実質的に取り締まりが出来ない体制で法律だけ作っても、実効性がありません。

狩猟

調査やデータ収集を誰がやるのか、という問題もあります。

問題の分析や解決のための情報収集には十分な専門性が必要なのですが、自治体にはそれがありません。

国は直接情報を収集するルートが乏しく、都道府県(都道府県を介して市区町村)を間に挟んだ形でしか現場の情報が得られません。

専門でない組織が片手間で情報を集めれば、現状の理解を誤り、法案や施策も歪んだ方向へ向かいやすくなります。

ジビエ

もう一つ、普及啓発の問題もあります。

適切な法律や施策を立案する際、非常に重要なのが一般市民の理解度です。

現場対応に当たる専門職が無く、市民への普及資料を作り直接説明する職員が存在しなければ、一般市民の理解度はなかなか向上しません。

クマの問題が1例です。

海外では野生動物管理を担う部署がクマの出没対応にあたり、専門的な知識や経験をもとに市民へ直接的に説明する場面があります。

日本の場合、対応に当たるのが異動のある一般職員であるため、極めて表面的な指導となってしまい、クマの生態や対応方法がなかなか浸透しません。

法律を適切に作り運用するためには、自治体にもそれなりの専門性と組織が必要です。

近年議論されているEBPM(根拠を伴った政策決定)も、適切な情報が適切な分析を伴って存在していなければ空回りします。

問題の中心が法律なのか行政対応なのかも分かりません。

国だけ頑張っていても解決するものではないのです。

⑤ ではどうする?

少なくとも、野生生物(自然資源)の管理を担う部署を明確化し、専任の職員を設置する必要があります。

全ての市町村に職員を配置するのは予算的に難しいでしょうから、都道府県レベルで行政組織を設置する事が現実的かも知れません。

 

施策立案に関わる人事に関しては、異動のあるジェネラリストと固定的なスペシャリストを混ぜた形にするのが最良ではないかと思います。

スペシャリストに関しては、研究所や専門の行政機関と本庁の間で専門職が回る部分があると理想的だと思います。

現状は、図の「スペシャリスト」部分がそっくり抜け落ちている状態です。

図のような形にすれば、行政の中に野生生物に関する知見や施策経験が蓄積され、採用した施策が成功であれ失敗であれ、それを次に活かす事ができます。

「組織の交流の活性化」「モチベーションの維持」「談合等の不正の防止」も期待できるのではないかと思います。

施策の立案や計画策定に関与した担当者は、異動後もそのプロジェクトに責任を持つような構造をとる必要があるでしょう。

スペシャリストが隣にいれば、ジェネラリストの育成も効率化できます。

こういった環境をどのようなステップで整備するのか?

これは非常に難しい問題です。

ただ、問題の根源がどこにあるのかを多くの人が理解していれば、時間はかかっても良い方向に向かうはずです。

逆に、問題の根源が共有されなければ、この先も同じような失敗を繰り返す事になります。

ぜひ、この情報を多くの人と共有して下さい。

 

外来生物に開かれた国

近年、ヒアリやツマアカスズメバチのような外来生物の話題を聞くことが多くなりました。

外来生物というのは、人間の活動によって本来生息していない地域に侵入した生き物のことです。

鳥類のように自力でその地域に到達できる種は外来生物には含まれません。

① 外来生物は害か?

我々は、「外来生物は全て悪である」とは言えない生活を送っています。

例えば、国内で栽培される農作物や畜産物はほぼ全て国外原産のものです。

これらを否定すれば日常生活が破綻します。

そして全ての生物の国内への侵入をガードできるかと言えば、貿易立国をうたってきた日本ではそれも難しいでしょう。

物資の輸送をストップすれば社会的な活動が維持できませんし、輸送には必ず何かしらの付着物が存在します。

外来生物について重要なのは、その中で「効率的・効果的な侵入の予防」を求める態度です。

既に国内に定着してしまった外来生物では、侵略性(悪影響)の大きさが明白であるものについては駆除が計画されやすい傾向にあります。

しかし、一度定着したものを取り除くには膨大な予算と時間が必要です。

加えて侵入種の侵略性・影響が入ってすぐに分かることは稀であるため、後手に回った対応では損失が巨大になります。

予防に力を注がず、侵入したものにのみ対応していたのでは、船底に空いた穴を塞がずに水を汲みだすようなものです。

重要なのは未然の侵入防止であり、初期対応であり、その仕組み作りです。

次の侵入の阻止に力を振らなければ、どれだけ予算があっても足りません。

予防については、人の活動で分けた2つのルートを考える必要があります。

「意図的な持ち込み」と「非意図的な混入(ヒッチハイク)」です。

② 意図的な持ち込み

意図的な(目的を持った)持ち込みは、ペットや栽培品種のような主に生物の売買や利用のために国内へ持ち込まれるルートです。

持ち込みは意図的ですが定着が非意図的に起こったものにはアライグマ、ミシシッピアカミミガメなどがあります。

持ち込みも定着も意図的に行われたものではオオクチバス、マングースなどが有名な例です。

意図的な持ち込みの場合は、持ち込む人がその生物の存在を当然知っていますので、ある程度正確な把握と規制が可能です。

ペットや栽培品種のように意図的に持ち込まれる種に関しては、「ホワイトリスト制」での管理が今後は必要になるでしょう。

ある程度侵略性が低い(国内での繁殖が難しい)ことが確認されている種のみ持ち込みを許可する、あるいは繁殖力を奪った状態のものについては持ち込みや販売を可能にする、というような仕組みです。

一方で、何かが定着するたびにその種の持ち込みを規制するような方法を「ブラックリスト制」の管理と呼びます。

しかし意図的な持ち込みについてブラックリスト制を用いるのは、はっきり言えば計画が無いのと同じです。

世界には、既に知られているだけでも約1,750,000種の生物が生息しています。

日本は南北に広く、様々な気候の環境を有しています。

どのような外来生物も国内のどこかには定着できる環境がある、と考えておかなければなりません。

例えば沖縄にはグッピーを含む熱帯系の外来魚が多く定着しており、北海道にはニジマスやブラウントラウトのような冷水系の外来魚が定着しています。

加えて、それぞれの生物が侵入した時の影響の程度は、侵入して時間が経ってみなければ分かりません。

ブラックリスト制は、「侵入し、定着し、拡大してから」対応する性質のものにならざるを得ません。

国内で繁殖してしまえば持ち込みの制限には効果がほとんどありません。

気候や環境を含めてリスクを見極め、国内で飼育・販売・移動できる動植物、その地域で定着の可能性が低い生物やそれらの取り扱い条件を含めたホワイトリストを作成し、それにしっかりと規制をかける法を作る必要があります。

意図的な持ち込みは国内での人工的な繁殖・増殖を踏む場合も多くあります。

このため、後述するヒッチハイク型の侵入よりも意図的な持ち込みは広い地域で、密度の濃い侵入となる可能性があります

正確な把握と制御が可能な意図的持ち込みのルートに関しては、最大限の配慮としっかりとした法整備がなされるべきでしょう。

③ ヒッチハイクする生物

ヒッチハイク(混入)は、例えば輸送のコンテナに紛れ込むような、人が気付かずにたまたま運び込まれるようなルートのことです。

セアカゴケグモやヒアリなどが有名な例です。

 

ヒッチハイクによる生物の侵入は生涯大型の生物を除いたどの種においても起こる可能性がありますが、梱包材等の環境を好む小型の生物に多い傾向があります。

非意図的に持ち込まれる種に関しては、「ブラックリスト制」に近い対応がまずは必要です。

国内外での事例から侵略性・侵略リスクの高い種や危険なルート・エリアをおおまかに予測し、それに予算と対策を集中させるような方法です。

例えば気候条件の似た海外の港湾で定着例があるが国内ではまだ見つかっていない侵略性の生物などについて、どの港湾を経由するものがリスクが高いのか、どのタイミングでのどの種類の対策で侵入の可能性を減らせるかを、その選択肢ごとの費用対効果を含めて分析し、対策や規制の設置を計画するような形です。

港湾等において侵入初期の生物を検出することが可能な、継続的な調査システムの構築も必要です。

効果的に外来生物の影響を軽減するためには、どの外来生物・どのルートを重要視するかという基準作りと、どうモニターしどう効果を評価・改善していくかという体制の整備が早急に必要なのです。

ヒアリのように外来種一種であたふたする基盤の無さが一番の問題です。

全てを完璧に守ることが非常に難しいことを認め、侵入させたくない相手や侵入されやすい相手・場所から優先的に守り、入られた場合の初期対応を明確に順序立てておく、ということです。

④ 実際の仕組みと課題

では実際の国内の法制度はどうなっているかと言えば、穴だらけです。

日本には特定外来生物法(外来生物法)という法律があり、外来生物の中でも法的な扱いに差があります。

この法の中で「特定外来生物」に指定されている生物は、許可なく輸入・飼育・移動・運搬・譲渡・播種・放流等ができません。

ソース:特定外来生物法

これは「ブラックリスト方式」による管理で、基本的には持ち主が存在を知っている意図的な持ち込みを対象としています。

国内への侵入と定着に対する抑制効果があるのは当然、リストに載っている生物だけです。

しかもリストに載っている生物の多くは既に広く定着してしまった生物であり、これらは国内への定着の観点では指定される意味がありません。

ソース:特定外来生物

外来生物法は実質的には「国内での拡散」に的をしぼったもので、既に国内に定着した生物の抑制のために運用される法律、という性質があります。

そして外来生物法は生物を扱う人に制限をかける法律ですので、ヒッチハイクによって侵入するリスト外の生物に関してはなんら効力がありません。

つまり、国内への新しい生物の侵入を防ぐ予防的な効果がほとんど見込めないのです。

国内から国内へと移動した外来生物(国内外来種)も特に島嶼の生態系へ大きな影響を及ぼす場合がありますが、外来生物法では当然カバーできていません。

その他に、国外から動植物が持ち込まれる際には「検疫」が行われています。

ソース:植物の検疫
ソース:家畜の検疫

これにも外来生物の浸入を防ぐ一定の効果があります。

しかし植物や動物の検疫は農作物や畜産物に対して有害な「疾病」や「害虫」等に対象を絞ったブラックリスト制のもので、これも外来生物全体を見ているわけではありません。

つまりこれらの法律と仕組みは、ヒアリのような混入によって国内に持ち込まれるヒッチハイク型の外来生物や、特定外来生物に含まれていない外来生物の意図的な持ち込みに対して効果がないのです。

海外には管理が難しく、国内に侵入すれば甚大な被害を生じさせうる生物が無数に生息しています。

外来生物は、運ばれてくる物そのものや表面だけではなく、輸送される箱、梱包材、充填物、輸送船、作業員の個人的な持ち物などの場所を介して侵入します。

国内に定着した種や特定の病虫害だけを防ぐのではなく、「外来生物そのものの侵入を効果的に予防する」という観点で制度を作らなければなりません。

国内に定着した外来生物への対応についても課題があります。

外来生物法によって、国内に定着した特定外来生物の捕獲後の作業や研究のための飼育に許可や手続きが必要になるなど、管理の側面でのマイナスな効果も存在しています。

特定外来生物に指定されていない野外の外来鳥類や外来哺乳類は、在来の鳥獣と同様の扱いで鳥獣保護管理法によって捕獲が禁止されている状態です。

これらの手続きや許可は、初期対応や拡散の抑制を目的とした活動への障壁になっています。

関連する法律を一度整理する必要があるでしょう。

ヒッチハイク型の外来生物、意図的な持ち込みによる外来生物それぞれに効果的な法、制度、仕組み作りが必要です。

⑤ 外来生物とペットの今後

現在、外来生物の定着に関して非常に大きなリスクを持っているのが、ペット産業です。

アライグマやミシシッピアカミミガメなど、ペット由来で国内に定着し大きな被害を発生させている例が既に多く存在しています。

生態系への影響が甚大な例も多く、なぜか外来生物として扱われないノラネコ問題もその一つです。

これらの生物は、もともとペットであったり、まだペットとして飼っている家庭が一定数存在している種が多いため、感情移入がなされやすく、捕獲や駆除に対して極めて大きな抵抗が生じます。

そして被害を受け、対策を実施するのは、ペット産業とは無関係の人達です。

根本的な責任が無いにも関わらず、被害を抑制するために好きでもない捕獲や殺処分を担う人が生まれています。

そしてこういった人達が愛護団体等の攻撃に会うというような、極めてねじれた状況を生んでしまっているのです。

ペットとは、次の世代と社会に大きな負債を残すリスクを内包した存在なのです。

ペットを野外に放流・放出する行為は、もはや飼い主のモラルで片付けられる問題ではありません。

故意ではない逃走、逸失もあります。

購入された生物のうち一定数が遺棄や逃亡によって環境中に放たれる可能性を前提にした制度設計が必要です。

例えば、ペット購入者の情報を長期間保管することをペットショップ側に義務化する、個体識別が可能な状況のペットのみを販売可能にするなど、ペットの遺棄に対して抑制効果を持つ施策はすぐにでも必要でしょう。

ペットの飼育を許可制にし、研修等を受けた家庭のみが飼育可能になるような制度も良いかも知れません。

そして将来的には、国内のそれぞれの環境において定着のおそれがない種や条件でのみペットを飼育できるような、ホワイトリスト制へと移行すべきです。

ペット管理の制度について「駆け込み遺棄」等を不安視する声もありますが、制度はどこかでスタートされるものであり、それを理由に先延ばしにするのでは本末転倒です。

毎年のようにニュースになる遺棄された珍しいペットたちは、将来の環境と社会に対して大きな損害を生じさせる可能性を持つ生物兵器のようなものです。

ましてそれは、伴侶として人と生活するはずだった生物です。

未来の悪者を生まない法環境こそ、ペットとその文化の発展のために今最も必要なことではないでしょうか。

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ノラネコ論争

近年、ネコについての議論が多くなっています。

人の目線では、屋外で飼っている猫が近隣の住民の庭に糞尿をするというような被害や繁殖期の騒音等のトラブルが多く取り上げられます。

一方で、野生動物への影響についても深刻なものがあります。

ソース:米国科学者の警鐘

ネコは本能に従って多くの小型野生動物を殺傷しており、特に希少な生物の多い離島で猛威を振るっているのです。

ソース:環境省もシンポジウム

なぜこのような状況が生まれているのか?

野外のネコに関する諸問題について、制度や思惑の構造をまとめました。

① ネコの扱い

ネコは現在、世界中でペットとして飼われています。

ネコはもともと、ネズミによる穀物等の被害を抑える目的で世界中に広まっていったと考えられており、家畜化前の野生の状態と姿形が大きく変わらぬまま現在に至っています。

ところが今となっては、ネズミ対策としてネコを飼っている人はほとんどいません。

当然、そんな人側の都合にネコが合わせる訳もなく、ネコは本能のままに小動物を狩り続けています。

人との関わり方から、ネコには呼び方がいくつかあります。

飼い猫 主に室内飼いのネコと地域ネコを指す。

動物愛護管理法に含まれる生物。

一部、ノラネコが含まれている場合もある。

ノラネコ 生活を人に依存するが、飼い主を持たないネコを指す。

飼い主がいるのかどうかは厳密には整理・判断が難しく、問題を大きくしている部分。

地域ネコ ある地域で行政的にネコを管理する仕組みを整備した場合、その地域のネコをこう呼ぶ。

この呼び名は適切な制度が無い地域でも勝手に使われることがあり、問題となっている。

この制度が運用される地域でも、根本的な問題の解決には至っていない。

ノネコ 鳥獣保護管理法上(狩猟法)の呼び方。野生動物。

人に依存せず、完全に野生下で生活しているネコを指す。

実は狩猟鳥獣に入っており、法律上は個人で狩猟可能。

このように、同じネコでも色々と扱いが分かれており、ネコを一目見ただけではどのくくりに当たるのかが分からない状態になっています。

この曖昧な定義づけの結果、全国的に多くの弊害が生じています。

一つは、行政的なネコの受け入れです。

基本的に正当な理由で要請があれば、当局はネコを引き受けなければなりません。

しかしネコの受け入れをあの手この手で拒む保健所や動物愛護センターが増えているのです。

これは、保身のためです。

イヌやネコの殺処分を多く実施して目立ってしまうと、愛護団体から苦情の呼びかけや情報開示請求のような苛烈な攻撃を受けることが多くなります。

そうならないよう、そもそも引き取らないように予防線を張っているのです。

表向きには「誤って飼い猫を引き取った場合は窃盗や器物損壊のような罪に問われる可能性があるので引き取れない」あるいは「ネコを捕獲する行為自体が適法かどうか分からない」等と言って断っているようです。

これらの理屈が通るのであれば、ノラネコを引き取って飼育する行為の多くも違法性が問われることになります。

しかしそちらは推奨される事が多く、言い分にかなり無理があります。

そもそも、ネコに対する行政的な判断と対応ができない状態そのものを放置していて良いわけがありません。

これでは行政的な責任を放棄しているに等しく、後述するようにネコと人の福祉上も全く逆効果となります。

飼い猫について、まずはリード(引き綱)の義務化、外飼いの原則禁止等の対策が早急に必要です。

この場合の外飼いには、例えばネコがそれより外に出られないよう十分に対策がなされた庭やテラスなどは含まれません。

つまりネコを一目で「飼い猫」と「野生のネコ」のどちらか分かるようにすべきであるということです。

② 外飼い・餌付けの問題点1

ネコの室内飼いは、犬と同様に何の問題もありません。

多くの問題が生まれるのは外飼い(ノラネコ)や屋外での置き餌行為です。

これらの行為は、ネコ側の観点でも弊害ばかりが存在します。

まずは感染症のリスクです。

ネコが屋外に出れば、感染症にかかる可能性があります。

ワクチンをうっていても、猫エイズ、伝染性腹膜炎、伝染性貧血等の感染症は防ぐことができません。

そして飼い猫に対してこれら感染症の主要な感染源となっているのが、ノラネコです。

絶滅が危惧されるツシマヤマネコやイリオモテヤマネコに対しても、感染症の主要な感染源はノラネコであると考えられており、大きな問題となっています。

交通事故のリスクも存在します。

毎年膨大な数のネコが交通事故にあっており、交通事故による死亡数だけで見ても保健所による安楽殺を大きく上回っていることが明らかになりつつあります。

ソース:大分市の統計例

ネコが無制限に繁殖してしまえば過密状態になり、栄養状態や衛生環境が悪化し、感染症や事故のリスクを増加させることになります。

屋外での繁殖の結果生まれた子ネコは、カラスやヘビ、その他中型哺乳類に捕食・攻撃される可能性があります。

大雨、台風、豪雪なども襲ってきます。

ノラネコは、生まれた分だけ、どこかで死んでいます

人の目につかないだけ、あるいは目をそむけているだけです。

感染症や多くの事故、餓死、天敵等によるネコの死は、安楽死に比べれば苦痛に満ちた無残なものです。

飼い主にケアされ、看取られるようなものではありません。

こういった”死に方”は、ペットを家族として扱う人には到底耐えられるものではないと思います。

外飼いや屋外での餌付け行為がネコへの接し方として当たり前に行われていることが、動物福祉上の最大の問題なのです。

③ 外飼い・餌付けの問題点2

外飼いや餌付けをする理由に目を向けてみましょう。

前述のとおり「閉じ込めるのが可哀そう」という理屈は通りません。

実際は「リードも無く外に出すのは危険で可哀そう」なのです。

幼い子供を、親の目も手も届かぬ場所へ放り出すようなものです。

では外飼いをする根本的な理由は何なのか?

それは糞尿の世話、爪とぎや室内遊びの回避が正直なところでしょう。

つまり面倒だから、楽をしたいからという理由です。

外飼いでは、ネコが病気や事故で治療が必要になっても気づかない場合が多く、もし気づいたとしても放っておくことができます。

そして何より、ネコが苦しみ続ける場面や死ぬ場面を見なくてすみます。

ネコを見なくなっても「あのネコはどこか別の場所に行ったんだろう」と自分を納得させ、精神的なショックを回避できます。

これが外飼いをする心理です。

苦しむ場面、死ぬ場面さえ見なければそれでいい。

「責任を回避しながらネコを手軽にかわいがりたい」という、実に自己中心的な態度です。

これはペットに対する責任の放棄そのものであり、全く擁護できません。

ほとんどのペットは人の寿命に比べてはるかに短命です。

動物の飼育には、その死をみとることも含まれます。

外飼いはもはや「ペット:伴侶動物」とは呼べないネコとの関わり方なのです。

屋外での餌付け行為もこの態度と同じです。

餌をあげてその場の充足感を満たし、責任は何一つ負いません。

それはネコを思った行為ではなく、無残な死体を増やし、ネコと人との軋轢を生じさせる行為です。

外飼いや餌付けはペットの遺棄と同様、厳しく批判されるべきものなのです。

④ 人への悪影響

外飼いは人に対しても悪影響を与えます。

一つは、ネコから人に感染する疾病である、人獣共通感染症のリスクです。

ネコ由来の感染症では、発熱や頭痛・腹痛・吐き気等の一時的な症状を引き起こす細菌性のものが多いのですが、一部では重症化して後遺症が残ったり命に関わる場合もあります。

特に妊婦が感染した場合に胎児に重篤な症状を引き起こす、トキソプラズマ症というものがあります。

潜在的な影響がまだ分かっていない部分も多く、トキソプラズマの感染によって人の行動にも影響が出るとする報告も多く見られます。

ソース:交通事故発生率の増加

そして外飼いや野外でのエサやりは、それによって迷惑や被害を受けている人、ネコが苦手な人に対し、ネコそのものへの強い拒絶感を与えることになります。

人間同士の近所トラブルが発展するような形で、「人に対する憎しみがネコに向く」場面も多く見られるようになりました。

実際、ネコの糞尿被害等への反発を背景として、毒餌がまかれたりネコへの虐待に発展するような事件が多く発生しています。

多様な価値観が存在する社会にあって、ネコの外飼いや野外でのエサやりは、ネコの敵を多く作り、ネコと人との健全な関係の構築へ大きな障害を生む行為なのです。

⑤ 綺麗ごとの代償

近年ではTNR(trap, neuter, return)と呼ばれる、ネコを捕獲し避妊去勢をして現場に放つ活動が多く報道されるようになりました。

「地域ネコ」では基本的にこの手法が用いられています。

しかしこの活動は、先に触れた外飼いの問題点をほとんど解決しません。

無責任で、動物福祉上の問題があり、ネコによる野生動物の殺傷は減らず、人や猫への感染症リスクも変わりません

避妊去勢しても、そのネコは事故や病気により、どこかで命を落とします。

TNRは「ネコの死を見たくない」という感情を満たすために、ネコに対して安楽死のような安寧な死ではなく、苦痛を伴う無残な死を強いるものです。

避妊去勢を盾にして外飼いを正当化するのは、結局ネコのためでもありません。

見えない所で必ず起こる終末から、目をそむけ続けています。

加えてTNRは、ごく小規模な閉鎖環境を除けば、すべてのネコに実施されることが現実的には期待できません。

屋外での餌付けが継続される場合、TNRを実施していないネコの移入と繁殖によって、問題を解決せぬまま延々と避妊去勢を実施するループに陥ってしまいます。

野生動物には環境収容力という言葉がありますが、野外で生活するネコにもこれが当てはまります。

TNRを実施する地域であっても、周辺で繁殖したネコの移入によって結局環境が養えるネコの数の上限が維持されてしまいます。

「ただ避妊去勢する」という選択肢単独では、ネコの外飼いが生む問題を永遠に解決できないのです。

実は法的にも十分には説明できないところがあります。

ネコを捕まえて避妊去勢すればその主体が責任を持って管理する存在(占有物)として一般的には認識されるものですが、その後の面倒を見ずに屋外へ放出すればそれは「遺棄」にあたるのではないか、という疑念があります。

近年、現実的な計画も無く殺処分ゼロを掲げる行政のトップが増えています。

受け入れを拒む保健所、TNRという手法、地域ネコという曖昧な用語が出てきた理由が、こういったトップの発言である地域も多くあります。

複雑にして問題解決を遠ざけ、事態を悪化させているだけです。

近年ではネコをNPO等に譲渡するようなシステムを組み始めた自治体もあるのですが、残念ながら優良で資金力のある団体ばかりではありません。

殺すよりは良いだろうとネコを引き受けた団体が、避妊も去勢もせずに飼育して繁殖が進み、猫屋敷と化している例も既に聞こえています。

ネコを引き受けた個人や団体は永続するものではなく、引き取った人が倒れたり団体が消滅してしまえば、引き取り手の無いネコが残ります。

ネコの引き取りに対価を求め、あるいは寄付金を募って、引き取ったネコは放出するというような団体も出てくるかも知れません。

ネコの譲渡や売買の条件についても十分なルール作りが必要です。

必要となる飼育環境や予算等について引き取り手に十分な情報を伝えず、在庫処分を優先するような譲渡・売買事例も多く存在します。

数字でなく、現在の不十分なシステムをこそ議論する必要があります。

浅はかな票稼ぎのために長期的なネコとヒトの福祉を犠牲にするようなトップを選んでしまわぬよう、候補者の意見の具体性や現実性をしっかりと確認しましょう。

⑥ 動物愛護法の改善点

簡単にまとめますと、動物愛護法には以下のような改善が必要です。

・ペットを室外に出す場合は首輪とリードをつけることを義務付ける
・ペットの飼育に関して届出を義務付ける(あるいは譲渡者や販売店の義務とする)
・屋外での置き餌を禁止する
・販売や譲渡は避妊あるいは去勢されたネコであることを原則とする

実はこれらは既に動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)の第七条に似た文言が書いてあるのですが、努力目標止まりで罰則規定が無いために具体化が遅れています。

この部分に踏み込む必要があります。

動物の販売及び譲渡については、禁止事項を具体化して罰則を強化し、いずれ取り扱いに免許制度を導入する形が理想的です。

これらによって「誰が責任を持って対応するのか」が明確になります。

⑦ 現在外飼いしている場合

現在外飼いをしている人には、現行法の下では以下のような対応を促すべきでしょう。

・家の外でエサをやらない
・家の中へ入れるネコを減らす
・室内で生活する割合が高いネコを完全室内飼いに移行する
・あるいは次の子ネコから完全室内飼いにする
・完全室内飼いのネコを飼い始めたら、他のネコは室内に入れない
・当然その後も、家の外でエサをやらない

外飼いを続けている人は、なかなかやめられません。

それは当然問題なのですが、社会的にそれが許容されていた期間が長かったことを踏まえ、解決には時間がかかることを想定しなければなりません

あるべき姿でネコが人との関係を持てるようになるには、適切な考え方と提案を多くの人に届ける必要があります。

一部の農家(畜舎)では、ネズミ対策のためにネコを飼育している場合があります。

その場合は別のネズミ対策手段をとるか、ネコが敷地外へ出ないよう十分な対策をとってもらうように働きかけることが重要です。

畜舎周辺でのネコの飼育は、飼育動物にとってもネコにとっても人にとっても衛生的ではありません。

もちろん基本的にやめたほうが良い行為です。

⑧ 何を問題とすべきか?

ネコの問題が取り上げられた際に批判にさらされるのは大抵、安楽殺処分を実施している機関です。

しかし保健所や動物愛護センターは実際のところ外飼いの結果生じた問題の被害者に近い立場であり、公的な問題を解決するために汚れ役を押し付けられている場所です。

職員は好んでネコを殺処分しているわけではありません

特に、勤務している獣医師は多くの葛藤を抱えているはずです。

心を痛めながら社会のためにと働いている人に対して非難や攻撃を加えるのは人道ではありません。

相手が違うのです。

批判すべきは、ネコへの無責任な接し方、それを擁護する意見、そしてそれを可能にしている法制度のほうです。

屋外でネコに餌付けする行為、自分が養っている猫を屋外に出す行為をこそ問題としなければなりません。

参考:米国専門家の意見

今生きているネコは、いつか命を落とします。

人の手による安楽殺以上に人道的な命の終え方は、屋外にはありません

何もかも助かるような甘い選択肢は、現実には存在しません。

安楽殺されるネコではなく、餌付けや外飼いをどのように減らすかへ視線が注がれなければ、救えない命が増えていくのです。

本来は環境省が十分にリーダーシップをとって制度環境を整えなければならないのですが、環境省も愛護団体による攻撃を恐れている様子が感じられます。

環境省は地方の事務所を含めて2000人程度の、国の機関としては極めて小規模な部署ですから、連日攻撃を受ければ多岐にわたる重要な業務がストップしてしまいます。

「殺処分数」にばかり批判が集中する状況が続けば、行政的なリスクを軽減するために、見えない無残な死を増やす方向へ環境省も簡単に傾いてしまうでしょう。

そうであるとすれば、ネコとヒトとの健全な関係の構築を真に阻害するのは?

ネコの死に動揺し、怒りの矛先を見誤った人の感情なのかも知れません。

ネコと人のあるべき関係、そしてネコの今後を真に思うのであれば、状況と選択肢を冷静に分析し、的確に意見する態度が必要なのです。

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銃器の所持にある課題

国内では、銃器の所持について厳しい仕組みが存在しています。

日本では、銃と言えば危険で排除すべきもの、という感覚を持つ方が非常に多いと思います。

一方で、その所持の仕組みや問題点についての情報はほとんど報道されません。

単純に銃を排除しようとすれば何が起こるのか?

今回は銃器の所持について調査したことをご報告します。

① 銃器の所持の仕組み

国内で銃器を扱おうと思ったら、大きく分けて2通りの方法があります。

一つは、警察官や自衛隊員のような銃器を扱う職業につく方法です。

今回はこれらには触れません。

もう一つの方法は、銃器の所持許可を受ける方法です。

ちなみに日本国内において特定の職業以外の人が「拳銃」の所持許可を受けることはできません。

拳銃は小型で隠して持ち運びしやすいため、凶悪犯罪に使われやすいからです。

日本ではエアライフル、エアピストル(競技用)、散弾銃、ライフルについて許可の制度が作られています。

銃器の所持には定められた目的があり、これらの目的の中でのみ銃器を使う許可が受けられる仕組みになっています。

目的 概要
狩猟 実際に狩猟に使うには狩猟免許と狩猟登録が必要

学術研究捕獲等の特殊な捕獲もなぜかこれに含まれる

標的射撃 主にクレー射撃(散弾銃)を目的とした所持

ライフル射撃の場合は日本体育協会からの推薦が必要

有害鳥獣捕獲 市町村から受けた有害鳥獣捕獲許可が必要

有害鳥獣捕獲では狩猟登録を求められる場合が多いため

実際にはこの目的で所持を開始できない場合が多い

銃器の所持目的は銃に関わる入口であり、目的に沿って明確かつ論理的であるべきなのですが、かなり無理を抱えた構造になっています。

ライフルの標的射撃では、ライフル銃を持ってすらいない者が推薦を受けなければなりません。

あるいは世のため人のため、有害鳥獣捕獲のために銃を持とうと思っても、まずは趣味の狩猟から始めろと言われてしまう(リンク先①)状態です。

特に社会的な要求の大きな有害鳥獣捕獲では、わなに大型のイノシシやシカがかかった場合を想定し、とどめを刺す際に危険だから銃を所持しようと考える人が多くなっています。

しかし狩猟免許を取得し、狩猟の目的で猟銃の所持許可を受け、都道府県の狩猟登録を経て、市町村の有害鳥獣捕獲の許可をもらうには、長ければ3年もかかってしまいます

このため有害鳥獣捕獲を考えている人は、捕獲をあきらめるか、危険な場面を覚悟してわなで無理に捕獲するか、という判断を強いられているのが現状です。

わなのみで捕獲する場合、わなにかかって暴れまわる大型哺乳類を相手にナイフ等の刃物で対応することになります。

目的の部分で混乱した後、銃(散弾銃)を所持するまでには以下のような手続きを必要とします。

 猟銃等講習会 猟銃の所持に関する講習会。

筆記試験に合格すると「講習修了証明書」がもらえる。

 教習資格認定申請 射撃教習を受ける資格があることを示す手続き。

・講習修了証明書
・経歴書
・同居親族書
・住民票
・医師の診断書
・写真2枚
・身分証明書(破産者でない旨)
というような書類を求められる。

 火薬類譲受許可申請 教習射撃をうける時に使う弾の購入のための許可。

これを受けた後に弾を購入する。

 射撃教習 実際に銃を用いて射撃を行う。

当日の練習の後、クレーを撃たせ、規定の枚数当てられれば教習終了証明書がもらえる。

 譲受承諾書 銃の販売店や銃を譲渡してくれる人の承諾書。

銃を売るorあげる気であることを証明する。

 所持許可申請  ゴールである、銃を所持する許可の申請。

・講習修了証明書
・教習修了証明書
・譲渡承諾書
・経歴書
・同居親族書
・住民票
・医師の診断書
・写真2枚
・身分証明書(破産者でない旨)
・保管場所報告書
というような書類の提出を求められる。

この申請の間、警察による自宅保管庫の確認や、自宅周辺の人への聞き取り等が行われる。

このように、銃器を所持するには面倒な手続きが山積みなのです。

ちなみに、ライフルについてはさらに要件が厳しく、銃を所持してから10年を待たないとほぼ所持できない状況になっています。

そして銃を所持した後も、以下のような手続きが継続してあります。

 猟銃の一斉検査 毎年、面接と銃の検査が警察署で一斉に行われる。
 火薬類譲受許可 実包(弾)の購入の際に必要。

猟友会員であれば、狩猟における使用については無許可譲受証で済む場合が多い。

 猟銃等講習会 経験者対象の講習会。

試験は無く、受ければ講習修了証明書がもらえる。

 技能講習 猟銃の取り扱いに関する講習。

安全な運用や最低限の射撃水準をクリアしたら「技能講習修了証明書」が得られる。

 所持許可の更新 所持許可は3年ごとに更新しなければならない。

更新には以下の書類が必要。
・銃の所持許可証
・銃の使用実績報告書
・講習修了証明書(上記)
・技能講習修了証明書(上記)
・経歴書
・同居親族書
・住民票
・医師の診断書
・写真2枚
・身分証明書(破産者でない旨)
・保管場所報告書

日本国内では、猟銃を用いた凶悪犯罪は世界的に見ても非常に少ない状況になっています。

これは、全員に対し毎年行われる一斉検査時の面接や確認が効いているのではないかと思います。

この面接において、金銭や人間関係上のトラブルが無いか確認がなされます。

一方、警察官の拳銃の所持にはこういった面倒な手続きや段階がありません。

皮肉なことを言えば、仕事を持ちながら猟銃の所持許可を受けるより、警察官になって拳銃を取り扱うほうが楽で簡単かも知れません。

しかし所持許可の煩雑な手続き全てが安全性の確保の面から有効かどうかについては、より広い視野で見なければなりません

② 所持を厳しくすれば安全?

安全に関する”広い視野”の一つが、銃所持規制の厳しさが世代間で大きくなっている状況です。

銃の所持は年々厳しくなっていますが、それはつまり世代を遡るほど緩い基準で所持が許可されてきた、ということです。

ここには負のループがあります。

大型野生動物の捕獲や危機対応の場面において、猟銃と銃の所持者は一定数必要です。

しかし所持が厳しくなった若い世代がなかなか銃を所持できないため、高齢世代が優遇され、現役を無理に続行させようとする状況が生じています。

高齢者どころか後期高齢者の銃の所持と使用が結果的に進められているのです。

それ以外にも例えば、高度な技能と安全性が要求されるはずの有害鳥獣捕獲の実施隊員は、所持許可の更新の際に求められるはずの「技能講習修了証明書」が免除されています。

どういう事かと言えば、安全性が最も求められる年中捕獲を実施している銃所持者が「安全に銃器を運用できる能力の証明」を持たずに所持許可を更新し続けているのです。

これは、既に有害鳥獣捕獲が利権化している団体・世代(リンク先⑥)への、あからさまな保護・優遇措置でもあります。

優遇する理由は、有害鳥獣捕獲を実施する人数の危機的な状況にあります。

現在の銃所持者にまともに技能講習を受けさせれば不合格になる者が大勢含まれているため、この優遇措置が無ければ多くの自治体で有害鳥獣捕獲の担い手が確保できず、実質的に破綻してしまうのです。

そしてこの優遇措置が、高い事故率(リンク先④)となって表れています。

新規所持者を無理に狭めたがために、緩い基準で所持を許可した高齢の世代の技能確認を免除せざるを得なくなり、事故リスクを増加させているということです。

これは技能講習のみの話ではなく、銃器や捕獲に関するさまざまな制度に歪みを生んでいる根本的な構図です。

銃の所持に適さない人に許可を出さないことは当然ですが、適格な人の所持を阻害することは、”広い視野”で見た安全性の観点からは無理を生むのです。

③ ライフル10年が生む歪み

それ以外にも制度に関わる問題が山積しています。

例えば、明確に問題を抱えているのがライフル所持に関する制度設計です。

動物の捕獲を目的とした銃器の所持には、3つのクラスがあります。

 空気銃
(エアライフル)
基本的に鳥類を狙う、火薬を使わない銃器。

技能講習が免除されており、所持が比較的容易。

止まった的を正確に狙う射撃。

 散弾銃 ライフルではない装薬(火薬を使う)銃。

弾や銃身の選択で鳥~哺乳類を広く捕獲対象とする。

クレー射撃のように移動する的を狙う射撃が多い

 ライフル 銃身の半分以上にライフリングが施されている装薬銃。

イノシシ、シカ、クマ類のみを捕獲対象とする。

止まった的を正確に狙う射撃。

銃は銃でもそれぞれ運用方法も訓練方法も全く異なります。

ところが、現在の制度では装薬銃(つまり散弾銃)を10年持った後でなければ、ライフルの所持がほぼできない構造になっています。

これは非常に危険です。

強化すべき技能や安全性の確保の仕方が全く異なるのです。

短距離走の訓練を10年以上続けた人でなければマラソンに出場させないようなものです。

散弾銃では銃身を振って(動かして)的を撃ちますが、ライフルでは銃身を止め、止まった状態の的を狙って撃ちます。

これは、散弾銃(クレー射撃)の場合の弾の到達距離はせいぜい200~300メートルであるのに対し、ライフルだと2000~3000メートル到達する場合があるというような、安全確認を行うべき範囲などにも配慮された運用方法です。

散弾銃の訓練を10年続けた人にライフルを持たせれば、視認できない範囲まで弾が到達する可能性があるのに銃身を振りたがる捕獲者ができ上がってしまいます

ライフルの所持までに10年という年月がかかることで、ライフルを所持している事自体がステータス(かっこいいもの)と化している部分もあります。

必要も無いのにライフルを欲しがる狩猟者をこの制度が作っているのです。

このライフル10年という制度は散弾銃との間にランクを付けるものなのですが、そもそもライフルのほうが根源的に散弾銃よりも危ないという事実はありません

前述の通り、事故が発生するリスクは運用方法と訓練次第なのです。

現在の事故の多くは、銃に弾を込めたままでの移動や、矢先(撃つ方向)の確認不足というような、撃つ場面を逃すまいとする散弾銃的な運用で起こっています

これは獲物を遠方で捉えてから準備し正確に狙って撃つライフル的な運用では起こりにくいものです。

散弾銃を入口とする制度は、現状の捕獲対象にも全く合っていません。

現在はイノシシやシカといった大型哺乳類を対象として銃を所持する人がほとんどです。

しかし散弾銃を用いて大型哺乳類を狙う場合、6~9粒の弾をバラバラに撃ち出す弾か、ライフルよりも圧倒的に集弾性の悪い1発弾のどちらかを使うことになります。

山林でイノシシやシカを狙う場合、矢先の安全確認がライフルよりも難しい弾を使用せざるを得ないということです。

ライフルを散弾銃の延長と捉える意味も根拠も不明な許可体系が事故を育てています。

日本の捕獲の実際から考えて、銃所持の入り口として散弾銃は全く適していません。

銃器は目的と使用方法にあった種類を所持し訓練すべきもので、銃に無意味なランク付けをした上に全体をまとめて使用経験で判断するというのはあまりに無計画すぎます。

事故ではなく事件に利用されるリスクはどうかと言えば、これもライフルが特別危険というわけではありません。

例えば海外では、ソードオフ・ショットガンと呼ばれる改造された散弾銃が凶悪犯罪に利用されるケースが多く、殺傷能力も非常に高いものになります。

どうやら、このライフル10年の規制ができた昭和46年頃に銃の所持者が増加していた(リンク先②)こと、ライフル銃が使用された事件が複数発生したことが制度発案の背景にあるようです。

ケネディ大統領暗殺事件も、当時の警察側の懸念としては大きかったのではないかと個人的には考えています。

しかし、ライフルが用いられた国内の事件でも「ライフルが散弾銃であれば発生しなかった事件」はありません

ライフルに10年の装薬銃経験を課す経緯をどれだけ調べても、論理的な根拠は出てきません。
(興味をお持ちでしたら「ライフル 10年 由来」で検索してみて下さい。)

ライフルはライフル、散弾銃は散弾銃と許可区分を分け、初年度からそれぞれに適した安全性の訓練が開始されるよう、早急に制度を改めるべきでしょう。

④ 火薬の管理

銃というのは弾が無ければ発砲できません。

このため、実包や火薬を厳密に管理しようとするのは理解できるのですが、現状の制度は空回りしています。

一つの問題として、実包(火薬と弾頭が入った状態の弾)の遺棄事例が多く発生している現状があります。

水辺に遺棄された実包

残念ながら犯人はほぼ特定できません。

銃の所持者は「購入数ー使用数ー残弾数」を記録する義務があるため追跡できるように思うのですが、実際は非常に難しいのです。

狩猟や有害鳥獣捕獲で銃を使う場合、山林内でどれだけ発砲したか(使用数)は本人でなければ分からないため、帳簿を簡単にごまかせるからです。

目を向けるべきは「捨てる理由」で、単刀直入に言えば「購入した弾の使用期限が設定された状態」に問題があります。

購入した弾の使用期限は、狩猟の際に用いる「無許可譲受証」で購入した弾について1年、有害鳥獣捕獲の場合は捕獲許可が切れた時点から3か月と設定されています。

これが「消費できずに遺棄し、帳簿をごまかす人」を生じさせています。

帳簿上は恐らく、狩猟で使ったことになっているはずです。

危険だしもったいない(弾本来の使用できる期間はかなり長い)ので、基本的に弾を捨てたいと思う銃の所持者はいません。

しかし目的もなく弾を撃つわけにもいきませんから、弾が余れば期限内に射撃場等に行き消費せざるをえないのですが、現在射撃場はとても少なく、移動費や射撃場利用料が生じ、日程調整等の手間が生じるために捨てる人が出てきます。

当然この行為自体は批判すべきなのですが、取り締まりが難しい現状で元来捨てる必要も無いものを投棄させている制度には明らかに問題があります。

制度設計については、以下のように見直すべきでしょう。

・銃の所持許可を火薬類の購入・所持許可と兼ねた許可とし、銃の所持目的と弾の使用目的を兼ねる
・少なくとも、無許可譲受証の制度を廃する
・自宅に保管できる弾数の上限(現状800発)を大幅に減らし、必要な人の申請があった場合のみ上限を段階的にあげる措置をとる
・一斉検査時に申告された残弾数と帳簿の整合について、毎年一定数の所持者に対し抽選で検査を行う。

こうすれば銃の所持者は弾の購入に関して余裕ができ残弾をごまかす必要もなくなるため、弾の出入りがゆるやか且つ正確になって追跡と把握もしやすくなります。

⑤ どうすべきか?

警察の考え方は恐らく「銃も弾も無ければ事故も事件も起こらない」というものです。

そのために入口となる所持許可を厳しくし、時間と手間をかけさせ、とにかく”嫌がらせ”をして所持者数を絞っていくという戦略を様々な分野で選択してきたのではないかと思います。

これまでの事例を見聞きしていると、銃の所持許可申込の窓口で担当警察官から理不尽な扱いを受ける人も多くいたようです。

しかし散弾銃やライフルを所持している警察官はほとんどいませんから、拳銃以外の銃器を運用する際の危険性や課題について警察側も明確な根拠を持っているわけではありません。

制度や対応の中にも、実際には無意味であったり逆効果となるような、イメージが先行したものが驚くほど多くあります。

いわゆる縦割りの問題もあります。

銃所持者が減少し農林水産被害が増加しても、警察は管轄が全く違いますから、被害についての文句を言われぬまま知らぬ顔を続けることができます。

その結果として特措法のような制度の歪みが返ってくるのです。

しかし、警察もそろそろ無視できなくなってきたのではないでしょうか。

大型獣類による人身事故、交通事故、都市部や住宅地への侵入、捕獲時の逆襲事故というような、捕獲者の減少に起因する問題が多数発生しているからです。

高齢の銃所持者による事故という、制度上の弊害も生じさせています。

”広い視野”に立てば、これらは無理を伴った銃器所持への締め付けの結果発生する人災なのです。

この点ははっきりと、無責任であると言わなければなりません。

銃は使い方を誤れば当然危険です。

だからこそ、イメージではなく実際の効果をしっかりと見据えた制度設計が必要なのです。

動物を捕獲する銃器は社会的に十分な需要とメリットがあり、銃所持への締め付けには相応の副作用がある現実を踏まえて、リスクと同時に公益に照らした制度設計が必要です。

なすべきことは以下のようなものです。

【不適格者に銃を持たせない】
有害鳥獣捕獲実施隊員への技能講習の免除を廃する
猟銃等講習会の経験者講習でも一定の試験を課す

【不適格者のより分け以外の手続きを整理する】
所持目的の区分を現状に即して整理する
火薬類譲受の許可を銃の所持許可と合わせる(無許可譲受証を廃する)
必要書類の様式を問題無い範囲で統合し、無駄な重複項目を廃する
必要書類の記入例等をわかりやすく提示する

【事故に配慮した所持許可システムへの変更】
ライフルと散弾銃の所持許可と適正試験を分ける
空気銃、散弾銃、ライフル銃それぞれに狩猟免許を分ける

【屋外での取り締まりを強化する】
猟期の見回りを実施し、監視体制の実質的機能を強化する
(理由はこちら:リンク先④)

これらが実施されれば、世代間の銃所持者数の偏りによる弊害や、事故の発生率をある程度緩和することができるでしょう。

都道府県で銃の所持に際して細かな対応や要求に差が生じる事も非常に多いのですが、これも是正すべきです。

こういった要求の差は法に規定されているものではなく、銃に関する知識や視野が不足した担当者のイメージによる根拠の無い無意味な要求・逆効果な要求となる可能性があるためです。

あらゆる道具は、使い手・制度・環境次第でリスクと価値が変化します。

その前提に立って、社会全体での銃器のリスクを評価しなければなりません。

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猟友会という組織

鳥類や哺乳類の捕獲の際に「猟友会」という組織の名前がよく出てきます。

この組織の実態や抱える問題について調査した内容をご紹介します。

① 猟友会の成り立ちと組織

猟友会はもともと、毛皮や肉を安定的に供給するために国の主導で1929年に創設され、戦後も同じ目的で組織が継続されました。

猟友会は現在一般社団法人なのですが、創設時の名残で市町村の行政職員が事務等の部分を肩代わりしているという問題を持つ地域も存在します。

組織の構造としては、大日本猟友会の下に都道府県猟友会、その下に市町村支部が存在するツリー状の構造になっています。

各支部の長は構成員の選挙によって選ばれ、大日本猟友会の長は都道府県猟友会長の選挙によって選ばれます。

現在の大日本猟友会会長は元衆議院議員の佐々木洋平氏です。

大日本猟友会及び都道府県猟友会は一般社団法人の形態をとっていますが、その下の市町村支部は法人格を持っていない(形上は都道府県猟友会の一部になる)場合が多くあります。

一般社団法人は非営利なのですが、公益的(公益法人)ではありません。

非営利とは、株式会社のような「利益が出た場合に内部に還元する」ということをしないという意味です。

それ以外の部分では、一般社団法人は普通の会社と同じです。

② 思惑と行動原理

現在、猟友会は趣味で狩猟を行うハンターが集まった組織となっています。

大型哺乳類に関する歴史(リンク先②)でも書きましたが、狩猟によって得た肉や毛皮の販売によって生計を立てている人は現代ではほぼいません

魚で言えば、漁師が消えて釣り人が残ったような状況です。

ハンターは、思惑や行動原理が釣り人とよく似ています。

猟友会が組織として共有している意識は「獲物がたくさん獲りたい」「楽しく獲りたい」というものです。

農林業等の被害があるため大きな声では言いませんが、ジビエの構造(リンク先④)でも書いたとおり、基本的にはシカやイノシシのような獲物は多いほうが良いというのがハンターの考え方です。

魚が多くいるほど釣り人が喜ぶのと同じです。

加えてハンターは、ハンターの数が増えることを望みません

ハンターが増えれば獲物が減り、自分が狩猟に入っている地域の獲物が獲り荒らされてしまうからです。

このためハンターが多数いた頃から、トラブルを避ける目的で「ナワバリ」と呼ばれる仕組みが形成されてきました。

「この地域は自分たちが入るから、よそ者は来るな。そのかわり自分たちもよそへは行かない。」という不文律ですが、これがいまだに残っており、様々な問題を起こしています。

ナワバリという言葉が示す通り、狩猟者の多くは非常に排他的で、捕獲者が増えるような仕組みの改善に抵抗します。

上下関係が厳しい支部も多く、50~60代の方が市町村猟友会に入った場合も、猟友会の内部はそれ以上の歳の人ばかりですので、下っ端の役回りをさせられて実質的な捕獲ができないというような地域も多いようです。

③ 組織運営上のリスク

猟友会は構成員の減少と高齢化が急速に進んでいます。

しかし市町村支部レベルでは「新人やよそ者が入ってきてイザコザが起こるより、今のままが良い」という意見が多勢を占めているようです。

自分たちが引退するまで身内で楽しくやっていたい、ということです。

古くから各支部の間にはナワバリ争いが存在しており、隣り合った市町村支部同士は基本的に仲が悪いため、連携や共同での対策もほとんど打てません。

大日本猟友会や都道府県猟友会は市町村支部の会費によって運営しているので、構成員の減少は致命的なのですが、市町村支部レベルでは他人事なのです。

この大日本や都道府県の猟友会に対する会費の支払いに腹を立てた市町村支部が猟友会を離脱する事例も多く聞かれるため、大日本や都道府県猟友会からはあまり強い指示は出せません。

実際、猟友会を離れても狩猟や有害鳥獣捕獲のような捕獲には参加することができ、猟友会の外の団体も増えてきています。

我々Balancerもその一つです。

そもそも大日本猟友会や都道府県猟友会は市町村支部の選挙で選ばれた人で構成されていますから、内部に不満がたまれば次期に選ばれることはありません。

現在は猟友会を維持存続しようと様々な名目で多くの公的資金や制度が使われていますが(一民間団体ですから当然それはそれで問題です)、このように組織内の自浄作用が全く存在しないため、ほとんど効果がありません。

加えて、構成員が捕獲に関連した事故や報奨金の詐取などの事件を起こした場合でもトップの責任が問われることがほとんどありません

これは普通の組織から見ればかなり異常なのですが、後述する「独占」の結果このような状態になってしまっています。

④ 組織内の事業に関する問題

大日本猟友会は以下の三つの事業活動を行っています。

1.野生鳥獣の保護増殖事業
2.狩猟事故・違反防止対策事業
3.狩猟共済事業

柱であるこれらの事業にも、問題があります。

 

「1.野生動物の保護増殖事業」は主にキジやヤマドリといった狩猟鳥の放鳥です。

しかし現在では鳥をターゲットにする狩猟者が減少しており、この事業によって利益を受ける狩猟者がかなり偏ってきています。

ほとんど惰性で続いているものです。

そもそも飼育した鳥を野外に放つ行為は、遺伝的なかく乱や飼育環境由来の感染症の拡散などの問題があり、狩猟鳥獣や環境への影響の視点でも全く望ましいものではありません

地域によってはコジュケイのような外来生物を放っている事業すらあります。

 

「2.狩猟事故・違反防止対策事業」は事故等に関するキャンペーン事業です。

聞こえは良いのですが違反をする側が違反を取り締まることはできません

対策の具体的な内容としては、クレー射撃の大会を開いたり、オレンジのベストや帽子を配っているのですが、これにも弊害が現れています。

実際の猟銃による事故は「獲物だと思った」という誤射によるものか、「人がいると思わなかった」という矢先の確認不足、銃に弾を込めたまま作業した際の暴発等がほとんどです。

安全確認をしなかったり、射撃する時以外で弾を装填しているのは、銃の取り扱いに対する悪い慣れが原因です。

ソース:狩猟事故統計

クレー射撃は「飛んでいく皿を瞬間的に撃つ」もので、「獲物かどうか、矢先が安全かどうかを慎重に見定める」態度とは真逆の訓練です。

オレンジのベストについても、「オレンジでないものは獲物である」というような思い込みから一般人への誤射を生んでおり、逆に「オレンジの帽子がヤマドリに見えた」という誤射すらあります。

銃による事故や安全性に関する問題についてはこちらをご覧ください。

狩猟事故を抑制するためには、警察等の第三者による現場での取り締まりを強化することによって「銃の扱いに緊張感が欠けている者を正し、事故の素因がある者を除去する」ことにしか効果は望めません。

キャンペーン事業は警察による取り締まりの強化を避けるための言い訳的な性質の事業であり、実際には解決を遅らせているかも知れません。

 

「3.狩猟共済事業」は共済事業で、狩猟事故を発生させた時の費用等を保障する保険のようなものです。

狩猟登録を受ける際は保険の加入が必要ですが、この共済で代用することができます。

ただし、猟友会加入にかかる会費等は保険に比べてかなり高額で、金銭的なメリットはあまりありません。

このように社会あるいは狩猟者個人として見ても、猟友会という組織の価値がかなり低下しているのは否定できない状況のようです。

⑤ 社会的なリスク(事故)

日本は狩猟、有害鳥獣捕獲のいずれにおいても多くの事故が発生しています。

発生率を計算すると米国よりも高い状況(リンク先④)で、その多くが猟友会員によるものです。

しかし意外なほど猟友会への批判は少なく、トップの責任を問われることもありません。

事故を起こした際に「短期間の捕獲の自粛」程度の反応で済むのも、実は独占状態であることの恩恵です。

事故が起こった際、一般的には「危険だ」という声に対して「ではシカやイノシシをどうするのか」というような意見が多く見られます

捕獲=猟友会という状態なら、「捕獲による事故」か「獣の被害」かという二択の議論になりがちです。

猟友会が捕獲を独占している状態での事故は「猟友会の危険性」ではなく、このような「捕獲そのものに付随するリスク」のような捉え方になりやすく、捕獲方法や組織の体質等の議論を避けやすいのです。

比較対象となる別の団体がいたらどうでしょうか。

当然、「猟友会は危ないから別の団体に任せろ」という意見が出るはずです。

「その他の団体に頼む」という選択肢が一般の人に浮かばないのは、捕獲が独占状態にあるからで、このように批判を避ける意味でも猟友会は独占状態を維持しようとするのです。

例えば、わずかに存在する猟友会以外の(猟友会を前身としない)捕獲団体では、第三者に損害を与えるような捕獲関連の事故はほぼ発生しません。

これは当たり前で、普通の民間団体であれば事故を一度でも起こした段階で組織の存続が危うくなるからです。

こういった捕獲を担いうる猟友会以外の民間団体は、猟友会から様々な方法で強い圧力を受けます。

それはもちろん、猟友会の組織存続から見て最も危険な存在であるからでしょう。

⑥ 社会的なリスク(制度の歪み)

こういった組織構造が制度上でも様々な弊害を生んでいます。

大日本猟友会や都道府県猟友会は何とか捕獲の独占状態を維持させようと、国や都道府県の施策に圧力を加えているのです。

特に社会的な要求が大きく、そのため猟友会が組織存続の頼みとしているのは「有害鳥獣捕獲」です。

有害鳥獣捕獲はボランティアであると言われることがありますが、実態はそうではありません。

ほとんどの地域で捕獲に対して「報奨金」が支払われています。

一つの市町村で数百~数千万円の支出となっており、都道府県、国、と合算していけば膨大な額になります。

巨額の予算ですので、この分野は他の団体や企業に狙われる可能性があります。

もし有害鳥獣捕獲に参入する団体が猟友会の他にもあれば、猟友会入会のメリットが無くなって会員が流出し、比較競争の結果として組織が瓦解する恐れがあります。

このため、捕獲に関する報奨金の利権を守ろうと躍起になっているようです。

つまり「猟友会員でなければ捕獲ができないようにせよ」そして「猟友会員でなければ報奨金を受けられないようにせよ」という圧力を様々な所でかけています。

その結果、本来自衛のための枠組みであった有害鳥獣捕獲なのに、被害者が自分の田畑に出てくる加害獣を捕獲できない、というような状況も生じています。

市町村の条例の中で「有害鳥獣捕獲に従事するものは猟友会員であること」と明記されている場合すらあります。

捕獲従事者を特定の民間団体に限定した上で報奨金を設定することは強烈な利益誘導となるのですが、この問題はまだ激しくは指摘されていません。

こういった部分で批判が出ないのも、長く続いた独占状態の効果でしょう。

独占は「狩猟(ナワバリ)」「有害鳥獣捕獲」「個体数調整捕獲」「指定管理鳥獣捕獲等事業」など、あらゆる捕獲の枠組みに及びます。

これら捕獲の枠組みは本来、目的に応じて効率的に捕獲を運用するために作られているのですが、捕獲と名の付くものが一つでも猟友会以外の手に渡れば比較対象ができてしまうため、猟友会はどの捕獲もコントロール化に置こうとします。

その結果、同じ人が同じ方法で別の事業を掛け持ちする形になってしまうため、全く使い分けができずに全体の捕獲の質と量が変わらないという非効率な状況にもなってしまっています。

その他の利権の例として「実包(火薬を含んだ弾)の無許可譲受証」の存在があります。

通常、銃の弾を購入する場合は警察へ申請書を提出し、購入や消費等に関する詳細な計画を求められ、更新や変更のたびに手数料等を支払って火薬類譲受許可証を受ける必要があります。

ところが猟友会に所属していると、年間300発まで無許可で弾を購入できる「無許可譲受証」をもらうことができます。

この無許可譲受証は猟友会の他に警察署でも出すことができるのですが、多くの警察ではこの対応をやりません。

一方ではお金を支払って並んでいるのに、特定の民間団体のみに優先フリーパスが配られているような状況です。

これは猟友会というよりはシステムの問題ですが、猟友会入会を間接的に警察が誘導するという状況が生まれてしまっています

警察も立場と状況を分かっていない場合が多く、猟銃の所持許可の際に「猟友会に入れ」と直接的に言ってくる場合すらあります。

繰り返しますが、猟友会とは民間団体であり、特定の民間団体を行政や警察が支援すること、そこへ利益を誘導することは大きな問題です。

こういった「捕獲の独占」と様々な介入、競争と比較の不在によって起こる高い事故率や制度の歪みが、最も根本的な問題かも知れません。

⑦ 社会的な要求との不適合

狩猟者は基本的に、獲物が多ければ多いほど良いと考えます。

一方で行政が実施しようとする捕獲は、多かれ少なかれ獲物の数を減らそうという意図を持ったものです。

この大きなねじれが、被害対策としての捕獲を非効率にしています。

市町村の担当者から多く聞かれる例が、捕獲者の制限です。

例えば、猟友会以外の団体などの捕獲を許可して捕獲者の総数を増やし捕獲数を伸ばしたいと行政職員が提案する場合、「信用していないのか?ならもう我々は捕獲に協力しない」と凄むというような内容です。

獲物や報奨金の取り分が減ってしまうかも知れないので、ハンターはハンターが増えることを望みません。

人付き合いの密な市町村レベルでは、そのような子供じみた要求も通ってしまいます。

捕獲がそれまで独占状態であるなら、なおさらです。

あるいは、繁殖上重要なメスを捕獲しないようにする、報奨金の高い対象種は猟期に捕獲を控えて有害鳥獣捕獲で獲る、ということも可能です。

鳥獣被害対策の協議会等の場において「捕獲しなきゃ防除柵をしたって無駄だ」と被害対策全体の予算を報奨金へと誘導することも可能です。

残念ながら捕獲のコントロールに関して行政の内部にはほとんど専門家がいませんので、こういった狩猟者の要望や思惑の多くが通ってしまっています。

「被害を抑える」「生態系のバランスを整える」という社会的な目的に対する施策や予算を議論する場合、本来こういった趣味の狩猟者団体の意見や利害には十分に注意しなければならないものなのです。

ましてや独占状態で捕獲を任せるのは、社会的に見ても非常に大きな負の影響があります。

猟友会にとっても、構成員の減少と高齢化が止まらない状況で独占に頼った戦略を続けることは、長い目で見た組織の利益とはならないでしょう。

自浄作用が無く外部の目も機能しにくい状態は、破滅的な形での組織の崩壊を招きやすいものです。

猟友会を構成する各個人に目を向けると、危ない人も多くいますが、中には立派な人格者も当然存在しています。

それを思うと非常に残念なのですが、今後は独占状態の破綻から内部での対立や分裂が激しくなり、名実ともにバラバラの組織へと変化していくのではないでしょうか。

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この内容は「狩猟」「有害鳥獣捕獲」の調査結果と合わせてご覧頂くことをおすすめします。

 

有害鳥獣捕獲の仕組みと問題点について

鳥類や哺乳類のほとんどは「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」によって捕獲が禁止されています。

ソース:「鳥獣保護法

野生の鳥類や哺乳類の捕獲では、おおまかに分けて以下のような許可があります。

狩猟 狩猟免許と狩猟登録が必要な、個人の趣味としての捕獲。

都道府県が許可・管理する。

有害鳥獣捕獲 被害の抑制を目的として許可される捕獲。

ほとんどの地域で、市町村が許可・管理する。

個体数調整捕獲 個体数が増えすぎた種に対する緊急的な捕獲。

都道府県が計画を作成し、それに基づいて実施される。

学術研究捕獲 研究目的で許可される捕獲。

都道府県が審査し、許可・管理する。

今回は「有害鳥獣捕獲」に関する仕組みや問題点について調査した結果をご報告します。

① 有害鳥獣捕獲の仕組み

有害鳥獣捕獲は、農林漁業や生活環境に被害が発生した場合に、その被害を取り除くことを目的として実施されます。

有害鳥獣捕獲の許可事務は、ほとんどの地域で市町村が担当しています。

「被害を受けてから実施する」という運用ルールが本来はあるのですが、現在はシカやイノシシを含む中~大型哺乳類が増加しているため、被害の確認を待たずに有害鳥獣捕獲が許可される場合が多くなっています。

被害を受けて許可を申請した者が有害鳥獣捕獲を実施するのが通常なのですが、実際には陳情を受けた市町村が猟友会へ捕獲を委託して実施しています。

有害鳥獣捕獲は狩猟(趣味)とは全く別で、被害抑制のための捕獲であるため、本来は狩猟免許や狩猟登録とは無関係な捕獲の枠組みです。

しかし、捕獲者に狩猟免許と狩猟登録を要求する市町村が多くなっています。

狩猟免許は「趣味の捕獲の適切な制御」という目的で作られた資格で、求められるのは「狩猟を狩猟のルールで実施できる能力」です。

受けた方なら分かると思いますが、有害鳥獣捕獲の中心的な手法であるわな捕獲(わな猟)の狩猟免許試験では、捕獲を安全に実施する技術や被害管理のための技術などは問われません。

つまり有害鳥獣捕獲とは中身も無関係なのです。

役所から狩猟免許を要求されるのは「自分たちは毎年狩猟登録に金を払っているのに、有害鳥獣捕獲でイノシシ等をタダで獲れるのは不公平だ」という狩猟者団体の圧力による部分が大きいようです。

これも捕獲の独占(リンク先⑥)の一つの形です。

かなりスジ違いな主張なのですが、多くの地域でこれが通ってしまっています。

現在は都道府県ですら十分な数の専門家が存在しない状況ですので、市町村のレベルでは、被害抑制のための対策や捕獲の計画についての専門家が内部に存在しません。

このため、言われるがままの捕獲のコントロール体制になっているようです。

② 被害を抑制するための捕獲

被害抑制の観点では、ただ何でも捕獲すればよいというものではありません。

例えばイノシシの農業被害では、加害個体を捕獲しなければ被害は減りません。

山林の中には多数のイノシシが生息していますが、被害を出すのは特定のイノシシかその親子だからです。

あるいはシカの場合では、林業被害や生態系への悪影響も発生するため、長期的な視点にたち、特定個体の除去に加えてその地域における個体数の抑制も考えながら捕獲を実施する必要があります。

シカは1頭のオスが複数のメスと交尾するため、オスを捕獲しても生まれてくる子供の数に影響はほとんどありません。

このため、被害地のメスに集中的に捕獲圧をかける必要があります。

イノシシの場合は「捕獲の後に被害が減ったのか」、シカの場合はそれに加えて「メスが捕獲されたのか」を調べて捕獲の継続や修正を考えるべきなのですが、現在の有害鳥獣捕獲では、そのような配慮や評価は全くなされていません

捕獲した鳥獣の雌雄、成獣幼獣、捕獲地などの詳細が不明で、ただ頭数だけが記録されたものが多いのが現状です。

有害鳥獣捕獲は各市町村の「鳥獣被害防止計画」に基づいて実施される地域が多いのですが、これはほとんどの市町村がコピペで作っているひどい有様です。

(特定の市町村を攻撃したくはありませんので、お住いの市町村の「鳥獣被害防止計画」をご検索下さい。)

有害鳥獣捕獲の計画自体存在しない市町村もあります。

ほとんどの市町村で捕獲の根拠となる被害の把握自体がずさんで方法もバラバラであり、被害額計算の方法が未記載であったり根拠すらないものもあります。

これを作成する市町村の担当者は、被害管理の専門家ではありません。

多くの地域で、鳥獣による被害金額よりも有害鳥獣捕獲の報奨金のほうが大きくなっています。

意味のある計画ではなく、費用対効果も極めて低いということです。

こういった実質的に無計画な状況と情報不足が重なった結果、住民の「捕獲が足りないのだ」という意見が生まれ、報奨金の上乗せが議論される場合が多くあります。

しかしただ金額を増やしても、被害を抑制する捕獲が生まれるわけではありません。

考えるべきなのは、単純な捕獲数や一頭あたりの金額ではなく、捕獲の質と効率であり、被害を減らせる捕獲が計画されているのかどうかです。

③ 有害鳥獣捕獲の従事者

捕獲の質や効率への観点を持った捕獲者によって有害鳥獣捕獲が実施されるのかと言えば、そうではありません。

捕獲を実際にやっているのはほとんどが猟友会員であり、趣味の狩猟者です。

こちらに詳細があります。

「狩猟」活動は、現在まで途切れることなく脈々と続いてきています。

つまり狩猟とは「鳥獣を減らさずに恩恵を受け続ける」ことに優れた仕組みなのです。

有害鳥獣捕獲と趣味の狩猟は全く別の目的と運用方法を持つものです。

近年の大型哺乳類の増加は、現在の狩猟者や仕組みでは動物を減少させられないことを証明しているということを忘れてはいけません。

この点にも多くの誤解がありますが、「捕獲していれば数も被害も減るハズだ」というのは幻想です。

適切な方法と計画がなければ目的は達成できません。

実際、現在捕獲数は右肩上がりですが、個体数も右肩上がりの状態です。

ソース:環境省統計

狩猟の技術や原理は、有害鳥獣捕獲や個体数の抑制の視点から見れば十分なもの、適したものとは言えません。

狩猟者に、しかも全てを任せるというのは無思慮と言わざるを得ません。

技術だけでなく意識の問題もあります。

数十年前の有害鳥獣捕獲は本当にボランティアのような性質のものだったのですが、残念ながら現在は長く続いた報奨金制度によって捕獲の意味が変化しています。

それは「効率のよい小遣い稼ぎ」という意味です。

そこには、「獲物を減らさずに利益を受け続ける」という”狩猟の価値観”が変わらずに存在しています。

相手を減らさないように注意しながら報奨金をもらい続けようという発想が生まれ、膨大な予算の浪費になりうるということです。

この報奨金という仕組みは、その他にも様々な弊害を生んでいます。

④ 報奨金の詐取

弊害の最たるものが報奨金の詐取です。

報奨金の詐取について、既にいくつか報道がなされていますが、現状の仕組みでは詐取を止められません。

有害鳥獣捕獲では、管轄する市町村が捕獲の確認を行いますが、市町村間での連携は全くありません。

詐取の方法は、例えば簡単に思いつく範囲でも以下のような方法があります。

【写真で確認】
・捕獲した個体の角度を変えて写真を撮り、申請を繰り返す
【日付がしっかりと残る写真で確認】
・捕獲した個体を保存しておき、日付が変わってから写真を撮る
【耳などの現物を見て確認】
・狩猟や個体数調整の枠で捕獲した個体や交通事故個体で申請する
【捕獲現場で確認する】
・別の場所で捕獲された死体を山に持ち込んで、担当に確認させる

特に市町村の間で写真、耳、尻尾、捕獲個体のような確認物が移動してしまうと、単独の市町村では止めようがなく詐取の数も膨大になります。

報奨金の金額の高い市町村や確認がずさんな市町村が狙われやすくなります。

シカ、サル、イノシシについて1頭数万円の報奨金が得られる市町村もあり、それゆえに詐取が頻発します。

筆者も、確認物と金銭のやりとりについての具体的な提案がなされる場面を射撃場で見たことがあります。

報奨金総額が膨れ上がっているのは、詐取による部分も多分にあるでしょう。

報奨金の詐取は当然当事者が裁かれますが、それを可能にしている行政側の仕組みにも大きな問題があります

罠による捕獲があった場合は「獲物が生きた状態で捕獲を確認すること」「捕獲個体の処分が完了したことを現場で確認すること」が必要です。

そうすれば捕獲個体をコピーできなくなります。

銃による捕獲については、実施日に行政の担当者が同行すべきでしょう。

有害鳥獣捕獲は趣味の狩猟とは異なり「事業」の性質を持っています。

有害鳥獣捕獲を趣味の狩猟者に丸投げする状況そのものが異常であり、行政側にもそれなりの手続きと責任の負い方が必要です。

報奨金の仕組みや運用については、その弊害を抑えるために、都道府県や国レベルでの一定の基準を考えなければなりません。

本来は狩猟の制度と組み合わせて効率化することが最善でしょう。

管理に関する施策は、野生動物の生態についての専門家ではなく、野生動物の管理システムについての専門家を交えて議論の場が設けられるべきです。

市町村内の人員だけでは、十分な情報を持たずに感覚的な判断が選択され、各自の利害で施策が捻じ曲げられ、場合によっては逆効果となる仕組みを生んでしまいます。

⑤ 制度上の混乱

鳥獣を保護管理する仕組みにも混乱があります。

都道府県レベルでは「鳥獣保護管理事業計画」と「特定鳥獣保護管理計画」という計画があります。

この「鳥獣保護管理事業計画」と「特定鳥獣保護管理計画」は環境省が管轄する「鳥獣保護管理法」を根拠に作成されています。

ぜひご自身の地域の計画を検索してみてください。

これらの計画は、「希少種の保護」と「増加が著しい種の抑制」という双方向性の管理方針を担っています。

これらの計画にも多少問題があるのですが、根拠を基に外部の意見を聞きながら施策の方針を決定する仕組みが(ある程度は)整備されており、一定の評価ができます。

一方、市町村レベルでは「鳥獣被害防止計画」が策定できますが、担当者一人が一日で作っているような状況で、先述のとおり問題の発生源となっています。

「鳥獣被害防止計画」は農水省が管轄する「鳥獣被害防止特措法」を根拠に作成されます。

市町村は鳥獣被害防止計画を作ることによってかなりの額の補助金を受けられ、都道府県に指図されずに有害鳥獣捕獲を実施することができます。

そのため、質の伴わない間に合わせの計画を上げるのです。

行政は基本的に仕事を増やしたくないので専門的な調査や根拠の提示などの面倒を避けたがる傾向にあり、そのためにも特措法を使って捕獲しようとします。

つまり、特措法が被害管理の計画性を失わせています。

猟銃の技能講習の免除(リンク先②)もこの特措法が根拠です。

鳥獣被害防止計画は市町村が単独で作成するため、都道府県が作成する計画とはほとんどリンクしません

農水省と環境省の間にはいわゆる縦割りの溝があり、非常に関連性が薄い状態になってしまっています。

農水省は野生動物に関するデータも視野も感覚も乏しい部署ですから、対策の主軸を担わせるのには無理があります。

鳥獣被害の抑制に関する制度や施策について、少なくとも捕獲の部分については環境省にまとめたほうが良いでしょう。

環境省での予算運用が困難であれば、増員するか農水省から人員を派遣するくらいの対応があっても良いのではと思います。

それくらい、この二つの法が被害管理の全体像を混乱させています。

⑥ 対策の忘却

有害鳥獣捕獲は、ほとんどが猟友会によって実施されています。

そして、捕獲報奨金は行政側が負担しています。

つまり被害を受けた人は、捕獲を要請しても一銭も払いません

ここにも実は問題があります。

例えば農業では、被害に対して電気柵や周辺の刈り払いなどを実施しなければ、イノシシ等による被害はなかなか減りません。

実際「効果があった」という声が一番聞かれるのは、捕獲ではなく適切に設置・管理された防除柵です。

しかし、そういった農家自身にコストと労力がかかる対策に比べ、有害鳥獣捕獲は市町村への電話のみで実施することができます。

被害を受ける者からすれば非常に簡単で懐の痛まない対策であるため、柵などの自主的な対策を置き去りにして捕獲が進んでしまう事例が非常に多いのです。

農山村では農業に関わる地域住民は大きな票田(支持母体)ですから、行政の上層部も盲目的に予算をつける傾向があります。

この流れは被害対策が失敗する事例のほとんどで見られます。

どのような地域でも、被害に真っ先に気づき、その地域に合わせた対策を考えて実施できるのは住民だけです。

住民が被害対策を他人事と感じ始めてしまえば、行政側がどのような施策を打っても十分な効果は得られません。

病虫害による被害と同様に、被害を受けた者が自分で対応するという基本に立ち返ならければならないのです。

つまり、被害を受けた者が許可を受けて加害鳥獣を捕獲する、という当初の仕組みを通常どおりに運用できるような制度設計に戻すということです。

被害受けた者が有害鳥獣捕獲をスムーズに自分で実施でき、危険な止め刺しの部分等を猟銃の所持者や熟練者に委託できるような制度設計に持っていくのが理想的な形かも知れません。

そしてその仕組みをより効果的な形にするためには、狩猟制度を含めた捕獲制度の全体像を見渡した議論が必要です。

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この内容は「狩猟」「猟友会」の調査結果と合わせてご覧頂くことをおすすめします。

 

狩猟の仕組みと問題について

鳥類や哺乳類のほとんどは「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」によって捕獲が禁止されています。

ソース:「鳥獣保護法

野生の鳥類や哺乳類の捕獲では、おおまかに分けて以下のような許可があります。

狩猟 狩猟免許と狩猟登録が必要な、個人の趣味的な捕獲。

都道府県が許可・管理する。

有害鳥獣捕獲 被害の抑制を目的として許可される捕獲。

ほとんどの地域で、市町村が許可・管理する。

個体数調整捕獲 個体数が増えすぎた種に対する緊急的な捕獲。

都道府県が計画を作成し、それに基づいて実施される。

学術研究捕獲 研究目的で許可される捕獲。

都道府県が審査し、許可・管理する。

今回は「狩猟」に関する仕組みや問題点について調査した結果をご報告します。

① 狩猟の意義

狩猟は、ハンターが野生動物を捕獲する趣味のことです。

現在は「狩猟免許」という試験があり、それに合格した者が各都道府県で「狩猟登録」を行って狩猟をしています。

狩猟には「猟法」「狩猟鳥獣」「狩猟期間」等の定めがあり、これらを守らなければなりません。

近年は動物の殺生自体が禁忌のように扱われていますが、人間社会の維持のために狩猟は多くの利点を持っています。

近年は増えすぎた動物を捕獲することによる自然環境のコントロールが第一に取り上げられています。

もちろん、それ以外にも利点があります。

一つは、野生動物の生息状況や増減傾向のモニターです。

野生動物は山林内に隠れて生息しているため、まともに調査を行おうとすれば莫大な予算と人員が必要です。

人間では700億円をかけ80万人を動員する国勢調査がありますが、野生動物にはそんな調査はありません。

現在は、ハンターが報告する狩猟データを収集し分析しなければ鳥獣の動向が把握できないほど、狩猟者の”調査者”としての機能が重要になっています。

狩猟鳥獣以外の種についてもアンケートの形でデータを収集しはじめている地域もあります。

狩猟者は狩猟登録の際にお金を支払っていますので、「金を払ってでも調査してくれる」非常に低コストな調査員なのです。

もう一つは、環境への影響が少ない肉の供給です。

意外に思えるかも知れませんが、畜産のような飼育行為は餌や飼育環境の調達によって、狩猟で動物を狩る場合よりも大きな負荷を環境にかけています。

肉を生産するためには肉の重さの数倍~数十倍の餌とそれをまかなう土地、廃棄物の処理、衛生管理のための物資などが必要です。

これは養殖魚の分野でよく話題に上がりますが、畜産でも当てはまる視点です。

ソース:養殖業の限界

狩猟は十分にコントロールされた状態であれば、社会的に見ても大きな価値があるのです。

② 狩猟制度の課題(対象種)

狩猟の課題はそのコントロールにあります。

まず、選定されている狩猟鳥獣を見てみましょう。

狩猟鳥獣とは、狩猟によって捕獲しても良い種のことです。

こちらのページにまとめてあります。

現在の狩猟鳥獣には、IUCNや環境省のレッドリストで準絶滅危惧以上に相当する種が含まれています

これらの狩猟鳥獣より絶滅リスクの低い生物は国内にたくさん生息しているのに、なぜこのような状況になっているのでしょうか。

理由は恐らく、狩猟鳥獣の変更にかかる手間と時間、環境省のパワーです。

狩猟鳥獣を変更する場合、中央環境審議会に通して大枠が決まりますが、実際にはそれ以前に環境省の内部で利害関係者との調整が行われているはずです。

現在狩猟鳥獣は48種が選定されていますが、狩猟者団体は1種外す場合は同価値の他の1種を入れろと要求する場合が多いようです。

ところが現在狩猟鳥獣に選定されている種以外では、生息数や生息動向についてまともな調査がほとんど行われていません。

狩猟の対象ではないため、狩猟者によるデータも存在しません。

環境省は1500人程度の小規模な組織で、許可関係の事務が多く事業の予算もほとんどないため、十分な調査が計画できていません。

その中で公害、廃棄物、放射能、温室効果ガス、自然公園など、他の事務も大きなウェイトを占めており、野生動物や狩猟の事業に手が回らなくなっています。

ソース:環境省予算

そんな状況であるため、今度は逆に野鳥の愛好団体等が「そんなデータもない状況でその種を狩猟鳥獣に入れるのか」との意見を出してきます。

結局「現状維持でいくしかない」ということになります。

こういった狩猟鳥獣候補のリスト等の事項は、事前に環境省内で議論されるものであるため、会議時間の限られた中央環境審議会の議題とはなりません。

狩猟鳥獣を”効果的・適応的に”選定する仕組みの再構築が必要なのです。

加えて狩猟鳥獣のリストには、識別が難しい狩猟鳥獣が含まれています

特に散弾銃を用いた狩猟では、バードウォッチングのように双眼鏡等で相手を識別することをしません。

野鳥観察の場面ですら類似種との識別が難しい狩猟鳥も多くいます。

ほとんどの場合において「狩猟鳥獣だろう」との推測で狩猟されています。

後述しますが、狩猟鳥獣をしっかり判別できる警察官はほとんどいませんので、「狩猟鳥獣以外の種の捕獲」については取り締まりもほぼ皆無です。

狩猟の免許を細分化し、瞬時の判断が要求される銃を用いた鳥類の狩猟については狩猟免許をより厳格にすべきで、更新時に試験を課すような改善が必要でしょう。

自然環境関連の犯罪や違反を専門とした警察官の配備も検討すべきです。

③ 狩猟制度の課題(個体数の抑制)

狩猟には、増えすぎた動物を抑制する効果が何よりも期待されています。

その観点から狩猟制度を見てみましょう。

狩猟には「猟期」と呼ばれる狩猟が可能な期間が定められています。

ところがこの猟期は、現行法上で可能な限り長く設定しても10月から翌4月までの半年間程度で、残りの半年間は狩猟ができません。

増えすぎた動物の抑制の観点では、効果を半減させている状態です

さらに、狩猟をする場合、狩猟免許の取得に加えて狩猟登録という手続きを毎年踏まなければなりません。

これは罠であれば年10,000円、銃であれば年18,000円程度の負担となり、新規の狩猟者を獲得する際の大きなハードルとなっています。

全国で見れば、鳥獣による被害は農業被害だけで190億円であり、捕獲報奨金へはこれより膨大な額が支出されていると思いますが、狩猟登録料等による総収入は19億円程度しかありません。

もはや意味のある金額ではありません。

狩猟者を獲得し、捕獲圧を高めたいのであれば、シカ、イノシシ、外来生物等の数を抑制すべき対象種に限っては、狩猟登録や猟期の制限を外すべきでしょう

つまり、全国的に増加して問題を生じている種や外来生物に関しては狩猟免許のみで通年狩猟できるようにする、ということです。

なぜそうならないのでしょうか。

実は、猟期の期間外に存在する「有害鳥獣捕獲」という捕獲の仕組みが作用しています。

もし通年猟期が設定されてしまえば、有害鳥獣捕獲の際の報奨金が得られなくなってしまいます。

この利権を守るために狩猟者団体等が抵抗するのです。

現在の制度では、有害鳥獣捕獲に参加していれば狩猟登録費用の負担も免除される仕組みとなっており、狩猟登録がハードルになっていれば新しい狩猟者(ライバル)も増えないので一石二鳥というわけです。

捕獲者の思惑についてはこちらをご覧ください。

しかし目的とする効果から見れば本末転倒な話です。

まずは狩猟制度全体を見渡し、科学的なデータに基づいた狩猟鳥獣や猟法の選定ができるようデザインを考え、そのデザインの具体化のために予算をつけることが必要でしょう。

こういった利害関係を明確にし、それに振り回されない環境で狩猟制度を議論しなければなりません。

④ 狩猟制度の課題(事故)

次に、狩猟に関連する事故を見てみましょう。

以下の表は、日本と米国の狩猟関係の事故を比較したものです。

日本 アメリカ
狩猟による年間の死者数 約6人 約100人
狩猟人口 16万人 1370万人
狩猟人口/国土面積(平方キロ) 0.423 1.393
死者数/狩猟人口×10000 0.375 0.073

ソース:米国IHEA資料
ソース:人口動態統計

米国は圧倒的に狩猟者人口が多く、実は狭い島国である日本より米国のほうが3倍以上も狩猟者の密度が高い状態です。

しかし、狩猟人口あたりで換算すると日本は米国の5倍の事故発生率となっています。

狩猟環境やその他の背景があるにせよ、狩猟者が過密で狩猟が盛んな銃大国の米国よりも、日本の人数あたりの事故発生率は高いのです。

主な理由は恐らく、密室化した狩猟環境です。

狩猟歴の長い狩猟者に多いのが、「ガサドン」と呼ばれる獲物の確認をしない発砲や、弾を装填したままの銃の持ち運びです。

見つけた獲物を逃さないために、弾を入れたまま銃を持ち運び、ガサガサと音がしただけで撃ってしまう、という恐ろしい狩猟者が存在します。

日本は、銃の所持許可については世界でも指折りの厳しさだと言われます。

しかし、現在猟銃を持っている高齢の世代の多くは所持許可の要件が厳しくなる前に銃を所持しています。

銃所持の課題についてはこちらをご覧ください。

そして、山林に入って行われる警察の取り締まりは現在ほぼ皆無です。

実は、鳥獣保護法の中で都道府県職員が「特別司法警察職員」という立場で警察に準ずるような逮捕等の権限を有する仕組みが存在しています。

しかしこれは完全に形骸化しています。

以下は、警察及び特別司法警察職員の動員数と検挙件数(H24~26のべ数:全国)です。

警察 特別司法警察職員
動員数 12,250 3049
検挙件数 726 9
警察を1とした時の
特別司法警察職員の検挙効率
1 0.05

ソース:鳥獣関連統計

都道府県職員は膨大な通常業務を抱えており、山林内へ監視に入る場面そのものがほとんどありません。

山林内へ監視を届かせようという制度が全く機能しておらず、取り締まりの効率も非常に悪いのです。

この他に、狩猟の取り締まりを補佐する役割を持つ「鳥獣保護管理員(旧鳥獣保護員)」という制度もあるのですが、こちらも形骸化しています。

鳥獣保護管理員は採用に際して関連法などの専門的な知識が問われる場面がほとんどなく、本来取り締まられる側であるはずの狩猟者団体の構成員が採用されることも多くあります。

鳥獣保護管理員は、人数は多くても稼働日数が少ない、都道府県職員も素人であるため適切な仕事が指示されないなどの問題も抱えており、実効的な機能をほとんど有していません。

つまり捕獲したものが狩猟鳥獣か、猟法やその他の法令を遵守しているか等を、フィールドでは誰も監視していません

頼みの綱の警察官ですら、猟法や屋外の猟銃の取り扱いについて何が違反となるのか、しっかり把握していない人もかなり多くいます。

道路法面にかけられた標札の無い1~2㎜針金の胴くくり罠。警察へ通報して来てもらったが、その警察官に「これの何が違法か」と聞かれてしまった。

こういった取り締まりの空白によって狩猟環境の密室化が進み、”狩猟者の身内ルール”が蔓延した結果、通常の感覚では到底理解できない違法行為が常態化しているのです。

猟銃が犯罪に使われた例ではそれ以前に他のトラブルを起こしている場合が非常に多いため、事件を起こす素因を持つ人を早期に見つける意味でも屋外での取り締まりは重要です。

狩猟やその他の捕獲が行われる山林内まで影響が及ぶような取り締まり体制が早急に必要なのです。

銃で狩猟を行う場合は狩猟免許や狩猟登録に加えて「銃の所持許可」を受ける必要があり、この制度についても多くの問題があるのですが、それはこちらで別にまとめています。

⑤ 猟銃の運用等について

猟銃の存在自体が危険で不要かといえば、そうではありません。

どのような道具でもそうですが、重要なのは安全で効果的な運用と、それを担保する仕組みです。

例えば、わなにかかったイノシシ等の逆襲による人身事故が多く報告されるようになっています。

ソース:狩猟事故統計

大型のイノシシなど、わなにかかり興奮状態になった鳥獣のとどめを刺す場合に最も安全なのは、適切な距離が取れる猟銃による”止め刺し”です。

近年は仕事をリタイヤした60代が親から引き継いで農業を営み、鳥獣被害に困ってわな猟を始めるケースが多く見られます。

特に高齢の狩猟者のわなで不意に大型のシカやイノシシがかかったり、クマ類が混獲された場合、猟銃を持った捕獲者が必要になります

銃が無ければ、俊敏で攻撃的になった大型獣にナイフやロープのみで高齢者が対応することになります。

近年は、市街地等に迷い込んだり人に慣れて危険な行動を示す大型獣が多く報告されるようになってきています。

猟銃という選択肢の存在がさらに重要になってきているのです。

猟銃については野外で十分に取り締まりが可能となるような体制整備が必要であり、安全な運用方法へ誘導する施策が打たれていくべきでしょう。

狩猟における銃の使用については、弾頭に鉛が使われていることも問題となっています。

半矢(弾は当たったが逃げた個体)の個体が野外で死んでしまった場合、傷口には細かく砕けた鉛が付着しています。

それを肉と一緒に猛禽類が食べてしまうと鉛中毒が発生します。

カモを狙った銃による捕獲においても広く鉛の散弾が使われています。

カモの仲間では、巻き貝等と一緒に鉛の弾を飲み込んで鉛中毒を起こす場合があります。

北海道は現在、鉛を含んだ弾頭を狩猟で用いることが禁止されていますが、この鉛中毒の発生が一つの理由です。

本州、四国、九州にも、保護が必要な猛禽類や狩猟鳥でないカモ類が当然生息しています。

狩猟後に人が食肉として利用する場合を考えても、鉛が含まれている可能性があることは大きな問題です。

鉛中毒も問題なのですが、そもそも汚染が問題視されている鉛を環境中に拡散し続けている状況だけ考えても、これは見直すべきでしょう。

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この内容は「猟友会」「有害鳥獣捕獲」の調査結果と合わせてご覧頂くことをおすすめします。

 

ジビエの構造

イノシシやシカの増加に応じて、捕獲数も増加しています。

その結果、捕獲した個体の処分にかかる費用や行政上の負荷が増加するという問題が生じてきました。

場合によっては1頭分の焼却処分に数万円の経費がかかるというような状況も聞かれます。

そこで、最近よく耳にするようになったのが「ジビエ」という言葉です。

野生鳥獣の肉を食品として活用することで、処分の重荷を資源に変えようという試みが進んでいます。

今回はジビエに関する仕組みについて調べていきます。

その結果、様々な課題があることが分かりました。

① 成り立つものなのか

大型哺乳類によって生じる問題の背景(リンク先②)」でも紹介したとおり、獣肉(野生動物の肉)が売れなくなり狩猟者が減少した理由は畜産の復興です。

現在は外国産の食肉(畜産物の肉)に押されて、その国内の畜産業界のほうですら厳しい状況に置かれています。

これまでの流れから見ても、現在は、獣肉が売れてジビエ産業が成り立つ環境ではありません

加えて、ジビエでは捕獲による獣そのものの確保が不安定で、質もばらばらであり、畜産に比べて安定的な運営が非常に難しい分野です。

実際、これらの厳しい背景を見誤って設置された行政主導のジビエ処理場が全国に見られ、ほとんどが赤字となっています。

しかしそのような状況にも関わらず、最近では国もジビエの振興に予算をつけ始めています。

ソース:こんなこともやっている
※「ジビエ利用拡大に関する関係省庁連絡会議」で検索すると状況が分かります

獣肉は、おおむね100gあたり500円程度と非常に高価です。

ほぼすべての処理場が小規模で運営しているため、なかなかコストを下げられません。

そもそも小規模の供給であったために500円/100gでもなんとか買い手が見つかっていたものが、ジビエ処理場が乱立することになれば供給過多となり、獣肉の価格が大幅に下落する結果が見えてきます。

行政主導で設立されたジビエ処理場では赤字を抱えても税金が投入されて無理やり事業が継続されやすいため、需要側(レストラン等)の要求に押されてズルズルと獣肉価格を下落させる装置となってしまうでしょう。

これまで辛うじて黒字を保っていた優良なジビエ処理場も多大な影響を受けることになります。

つまりジビエという産業は、全国的な捕獲個体の処理の問題を解決するレベルの仕組みには、健全な状態ではなりえないのです。

② ジビエという言葉と市場のニーズ

実は「ジビエ」という単語は、本来シカやイノシシのみをさす言葉ではありません。

本場フランスではカモ、キジ、ヤマシギのような鳥類がジビエとしてはメジャーで、これらが珍重されています。

日本では”珍しいものが食べたい”という意欲がジビエの入り口となる傾向が強く、フランスのように生活に根差した安定的なものではありません。

日本では「歴史と文化による価値」を持っていない食材なのです。

本物志向や”珍しいもの志向”へとジビエが向かっていけば、ジビエ処理場の乱立と相まって、シカやイノシシのような”ありふれたもの”への需要は小さくなっていくでしょう。

”珍しいもの”の価値が高くなり、希少な鳥獣を狙った捕獲が多くなるという全く望ましくない結果が生じる可能性あります。

カモ、キジ、ヤマシギのような被害を出していない生き物が狙われるだけでなく、これまで活躍していた狩猟者もシカやイノシシを無視して鳥類をメインに捕獲を始めるような損害となる誘導効果も発生します。

実は鳥類のほうがサイズが小さく、輸送や処理が簡単で骨や羽などの廃棄物もサイズが小さいため、専用の設備が不要で加工や流通に乗せやすいのです。

珍しいものを食べたい消費者は”レアな食材”ほどお金を出します。

これらの意識とそこへ流れる市場原理は行政にはコントロールできません。

そうなれば、シカ・イノシシの捕獲個体の処分という当初の問題から全く離れた産業になるかも知れません。

被害の抑制やシカやイノシシの個体数の抑制のために始めたものが、逆効果であり、別の部分にも問題を生じさせる結果となります。

「ジビエ振興」という言葉はそういった危うさを持っているのです。

③ 衛生上の課題

牛、豚、鶏のような畜産の分野では、食肉検査を行う獣医師が自治体の職員という立場で配置されており、食品としての安全性が保たれています。

この検査員は自治体から給料が出ていますので、自分が検査した肉について廃棄を判断したとしても、自身が損をすることはありません。

それ故に客観的に検査を行うことができます。

ところがジビエには、どのような背景を持つか分からない野生動物が相手だというのに、そういった客観性を持った仕組みが全くありません。

近年ではジビエ処理場に関するガイドラインが作られ始めていますが、あくまでガイドラインであり、食肉の分野のような法的な強制力はありません。

ソース:厚生省ガイドライン

ジビエ処理場で検査を行うのは獣医師でもなければ、自治体職員のような第三者でもありません。

経営が傾けば自身が路頭に迷うようなジビエ処理場の職員です。

利害に直接関わる人が、間に合わせで検査を行っています

その環境で、適切な検査が期待できるでしょうか。

シカやイノシシを処理場に運び込んでも、すべてが肉になるわけではありません。

骨や皮、傷んでいたり病気になっていた部位は廃棄物となります。

廃棄物はお金にならないどころか処理のコストを発生させ、ジビエ処理場の運営を圧迫します。

職員は検査の中で「無理に売って利益を得る」と「大事を取って損害を出す」のどちらかを選ぶことになります。

実質的に検査をしない(したことにする)処理場すらあります。

あまりに危うい仕組みで国産のジビエは市場に出回っているのです。

こういった仕組み上の問題を受けて、自治体の職員が獣肉の検査を行うことも検討され始めています。

しかしそれは、「捕獲個体の処理にコストがかかるから」始めたジビエ振興から見れば、到底納得できるコストとはならないでしょう。

④ ジビエのリスク

2018年に国内のイノシシ個体群に豚コレラウイルスが侵入しました。

口蹄疫や鳥インフルエンザが国内で過去に発生した際も議論されていたのですが、野生動物と家畜との間で広がる感染症のリスクをどう抑えるか、という問題がジビエにはあります。

家畜の疾病は野生動物と共有のものが多く、互いに行き来します。

畜産の分野では飼育者がいて常に農場単位で感染症が把握されているのですが、野生動物は個体ごとにバックグラウンドが異なり、それぞれ全く素性が知れない相手です。

個体ごとの検査が必要となれば、畜産の分野に比べて圧倒的に多額のコストがかかることになります。

豚コレラのように肉の内部にウイルスが残るような感染症では、その肉の流通は畜産の分野へ感染を広げうる非常に危険な存在となってしまいます。

野生動物を捕獲し移動させる行為そのものも、細菌やウイルスを同時に運びうるため感染症を拡大させる主要な要因となりえます。

現在ジビエは「死体の処理コストを下げるため」に有用とされているのですが、畜産の分野へ桁違いの損害を生じさせるリスクがあるのです。

豚コレラは国内の野生動物ではイノシシのみの感染する感染症であるため、実はこれでも影響は小さいほうであると考えられます。

口蹄疫や鳥インフルエンザのような、宿主域が広くて多種多様な生物に感染する疾病が国内に侵入・定着した際は、はるかに大きな問題となるでしょう。

肉としての競合に加え、こういったリスクの面からも、産業としてのジビエと畜産の両立は非常に困難なのです。

⑤ 目的と思惑の不一致

環境省および農水省は、シカやイノシシの個体数について平成35年までに半減させることを目標としています。

ソース:抜本的な鳥獣捕獲強化対策

捕獲の足かせとなっている捕獲個体の処分をジビエによって解決し、それによって捕獲個体を伸ばし、シカやイノシシを減らすというストーリーです。

では、ジビエ処理場は、シカやイノシシが半減した状態で経営が成り立つのでしょうか?

ジビエの処理業者は、シカやイノシシの個体数半減に賛同し、協力するのでしょうか?

この部分に、ストーリー上の大きな矛盾があります。

ジビエ産業の側に立った視点で見れば、他の多くの問題とは真逆で、シカやイノシシは多ければ多いほど望ましい状態です。

シカやイノシシが多いほど安定的かつ低コストに資源が確保でき、ジビエ処理業者は利益を上げることができます。

多いほうが望ましいという立場は狩猟者の利益(リンク先②)とも合致しています。

シカやイノシシが多いほど、狩猟者は獲物を簡単に獲ることができるからです。

そして、この2者が協力することで、鳥獣を減らさない方向へと強力に誘導することが可能です。

例えば、ジビエ処理業者はオスに対して捕獲が向くように仕入れ値を誘導することで、シカやイノシシにおいては個体数の抑制を緩和することができます。

あるいはジビエ処理業者が協力的な特定の狩猟者のみと契約・支援し、一定の地域に入る狩猟者数をある程度コントロールすることも可能です。

つまり個体数の抑制にこれまで貢献してきた、自分で食べるために獲物を狙うハンターや新規のハンターを排除するのです。

狩猟者の世界では、「ナワバリ」と呼ばれる、ある地域に狩猟に入る人を制限し獲物の数を維持しようとする不文律があります。

捕獲圧をコントロールしようとする、つまり相手を減らさないように捕獲を制限する前例が既にあるのです。

仕入れ方に限らず、ジビエ産業側の要望及び狩猟者の要望の形でタッグを組み、捕獲への補助や制度そのものについて口を出すこともできます。

例えば「ジビエ利用以外の個体数抑制策は取るべきではない」「ジビエ利用に協力する捕獲者を優遇せよ」というようなものです。

捕獲個体の処理の問題をジビエ産業によって解決しようというアイディアは、それぞれの立場と思惑を完全に無視したものなのです。

シカやイノシシの個体数が減ればジビエの単価が上がり、生産量が減っても大きな損失は出ないだろうという意見もあります。

しかし生産量の減少と単価の上昇は、日本より高度に整備された衛生基準を持つ外国産のジビエが流れ込む圧力を生み、国内のジビエ処理業者が壊滅状態に追い込まれることにつながります。

これは林業のような他の産業でも見られた構図です。

生活がかかったジビエ処理業者は、シカやイノシシの個体数の減少とそれによる価格の高騰に最大限の注意を払って行動することになります。

あるいはシカでは、養鹿(ようろく)という方法が国内で主流になってしまうかも知れません。

飼育して繁殖させたシカによって安定的に安全な獣肉を供給する産業は、市場ではしばらく喜ばれるかも知れませんが、野生のシカの問題とは全く無縁です。

ジビエという産業を整備すれば、鳥獣被害における利害関係者を増やし、被害管理を難しくする可能性が大きいのです。

⑤ なぜこうなった?

なぜこのような、野生動物から見ても、消費者から見ても、ジビエ処理業者から見ても無責任な施策が打たれているのでしょうか?

その根底には情報量のねじれがあります。

鳥獣被害を受ける住民の多くが「昔は獣肉が売れたから猟師が多くいた」という猟師の言葉を「獣肉が売れれば捕獲が伸びるだろう」と単純に解釈している現状があります。

「なぜ獣肉が売れなくなったのか」についての情報、つまり畜産の存在が忘れ去られているのです。

「売れれば捕獲が伸びる」との声に押され、あるいは同様に単純に考えた行政のトップがこういった施策を打つ結果となっているようです。

実際、ジビエに関する事業の多くはトップダウンで組まれています。

行政のトップは人気が落ちれば解雇される究極の短期雇用であるため、住民の意見を聞き入れた後に起こる不具合は二の次です。

残念ながら研究者の中にも、社会全体の利益以外の思惑をもって行動する人が存在します。

野生動物の研究では野生動物の血などのサンプルを得ることが非常に難しく、まとまった数のサンプルが手に入る仕組みはとても大きな研究上の価値があります。

そのため、ジビエ加工場に付随するサンプル収集機関としての機能を狙って「ジビエを推し進めるべきだ」との意見を述べる専門家もいるのです。

こういった思惑や利害に加え、ジビエという発想を生む構造を、まずは多くの人が理解する必要があります。

今後も、コストの削減が主目的であったはずのジビエが、多大なコストを生じさせる結果とならないか、注視していこうと思います。

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