今年も冬がやってきました。
近年では野鳥においても家禽(アヒルやニワトリ)においても鳥インフルエンザが発生する年が増えています。
今回は鳥インフルエンザについてのリスクや注意すべき事項について簡単にまとめました。
鳥インフルエンザは主に鳥類の間で広がる感染症です。
鳥インフルエンザの病原体であるウイルスは高温に弱く、低温に強い、乾燥に弱く、湿度が高い環境に強い、という性質を持っています。
鳥インフルエンザウイルスは自然環境の中に長期間残るような強い病原体ではなく、アルコールや逆性石鹸によって消毒できます。
宿主域(感染できる相手)が非常に広く、ほとんどの鳥類や一部の哺乳類などに感染する可能性があります。
鳥類の間では、直接の接触や糞便、汚染された水やそれらの飛沫(しぶき・ほこり)によって広がっていくと考えられています。
鳥インフルエンザに感受性の高い生物(感染しやすく重症になりやすい生物)が感染した場合は、ウイルスをどこかに運ぶ前に死んでしまうことが多くなります。
このため、感受性の高い生物はウイルスを広める存在として、実はそこまで重要ではありません。
ウイルスには、感染しても重い症状が生じない宿主(ウイルスの感染相手)が存在していて、そういった宿主は「自然宿主」と呼ばれています。
ウイルスを持っていても移動に大きな負担が生じないため、ウイルスを広める存在としては自然宿主がとても重要です。
鳥インフルエンザの自然宿主としてはカモの仲間が知られており、このカモ類がウイルスを広範囲に運んでいる可能性があります。
捕食者に狙われる生物にしてみれば、自分が自然宿主であるウイルスはある意味捕食者に対する武器でもあり、それぞれの相互関係へ影響する要素にもなっています。
鳥インフルエンザは病原性(発症した時の深刻さ)が高いものから低いものまでさまざまあります。
ウイルスは一般的に、宿主が高密度(いっぱいいる)な状況では病原性が高くなりやすく、宿主が低密度(少ない)な状況では病原性が低くなりやすいという性質を持っています。
宿主が高密度にいる状態では、次の宿主にどんどん広がっていく(増殖が速い=宿主へのダメージが大きい)よう変異(変化)したウイルスのほうがすばやく増殖・拡散のサイクルを回して優勢になるためです。
一方宿主が低密度な状態では、増殖の速いウイルスは宿主へのダメージが大きくなるために、次の宿主に運ばれる前に現在の宿主を殺してしまい、共倒れになりやすくなります。
つまり、養鶏場のような鳥類が密に存在する環境にウイルスが入れば、病原性が高くなりやすいという事です。
このため、こういった人為的に鳥類が高密度となった環境へのウイルスの侵入が非常に重要な対策ポイントとなっています。
実は養鶏場での鳥インフルエンザの発生の後に周辺の野鳥での発症例が観察されることもあります。
家禽での発生を抑え込むことは、高病原性の鳥インフルエンザウイルスを野鳥で蔓延させない意味でも重要となっています。
鳥インフルエンザは、人にも感染することがあります。
人の鳥インフルエンザ発症例はアジアに多く、意外にも乾燥・高温な環境の地域でも死亡例が見られます。
人で鳥インフルエンザが発症した例ではその半数以上の方が亡くなっており、普通の人のインフルエンザの致死率(かかった人が死んでしまう割合)が0.1%程度であることを考えれば、非常に恐ろしい感染症です。
しかし実は、国内において鳥インフルエンザは死者どころか人への感染例すら出していません。
なぜでしょうか。
海外での鳥インフルエンザの人への感染経路は、家禽そのものや家禽の飼育環境への濃厚な接触によるものが多いと考えられています。
ソース:国立感染症研究所
鳥の糞が大量に舞っている環境にずっといるような人が感染する可能性が高いということです。
このため、日本で普通の生活を送る一般の方が感染する可能性は現時点でほとんどありません。
国内において鳥インフルエンザが発生した地域では速やかに鶏肉や卵の流通が止まるため、普通に売られている鶏肉や卵を食べても感染しません。
一方で、不安な点もあります。
インフルエンザウイルスの仲間は非常に変異しやすく、人に簡単に感染してしまうウイルスに変化する可能性がある点です。
ソース:厚生労働省
そのようなウイルスの出現と拡散をさせないために、日本でもかなり厳しく対応しているのです。
生物として見れば、人は鳥よりも広範囲・高密度に存在しています。
人に感染しやすいウイルスが一度発生すれば、ウイルスの高病原化と急速な拡散を引き起こす恐れがあります。
既に鳥インフルエンザが人から人へと感染した例も海外で確認されており、十分な封じ込めが必要です。
日本へ鳥インフルエンザを運ぶ生物としては、カモの仲間が疑われています。
カモの多くは日本において冬鳥で、ロシアや中国で夏場に繁殖を終え、越冬のために海を渡って国内に飛来します。
カモ類は鳥インフルエンザの自然宿主ですのであまり重症化しませんが、高病原性の鳥インフルエンザでは死んでしまう場合もあります。
渡り鳥が遠い距離を移動するのは、餌の確保や天敵からの逃避などの理由(つまりは生存に有利な繁殖地と越冬地の選択)がありますが、感染症の蔓延予防という効果もあります。
渡りにはかなりの体力を要するため、感染症にかかった個体は途中で脱落し、渡った先の地域にはウイルスを持っていない集団が残るというような、種の生存のための仕組みとしても機能しています。
つまり高病原性の鳥インフルエンザウイルスをカモが国内に持ち込むというよりは、病原性の低いものが国内に持ち込まれ、宿主が高密度な環境へそのウイルスが紛れ込んで変異し病原性が高くなる、というシナリオのほうが現実的であるということです。
ソース:国立環境研究所
当然、鳥インフルエンザが発生している地域から渡ってくるカモについてはウイルスを保有している可能性が高いと考えられます。
しかしカモ類は様々に種類が混ざった混群を形成するため、国内にいるカモについてはどの種がウイルスを持っているか正確には分かりません。
このため、どのカモが危険か、というような情報は考えてもあまり意味がありません。
では、どのように注意すべきなのでしょうか。
平成28年度は野鳥、家禽での発生例が多数報告されました。
野鳥での発生に関しては環境省、家禽での発生については農水省が調査し、まとめられて発表されています。
ソース:農水省 発生地点の図
ソース:農水省 家禽での発生に関するH28報告
農水省の報告は長々と書いてありますが、着目すべき点は「施設の近隣に、ため池のようなカモ類が飛来する環境を持つ養鶏場で高病原性鳥インフルエンザが発生する可能性が高い」という部分です。
これは当たり前の結果ですが、とても重要なことです。
これはハクチョウやツルで鳥インフルエンザが発生した例でも同様のことが言えます。
野生のカモ類が飛来し、ハクチョウやツルと一緒に存在する場所で感染が広がった可能性が考えられ、特に「餌付け」がされている地域での発生例の多さが目を引きます。
保護の名目で野生動物への餌付けが実施されることがありますが、保全の観点では逆効果であることが良く分かる事例です。
ちなみに、環境省の調査は全ての鳥を対象としているわけではなく、これまでの観察例から作成した「リスク種」というものを定めて調査が実施されています。
ソース:環境省 対応技術マニュアル
このため、死体が発見しにくい小型の鳥類では発生が報告されず、ハクチョウのような大型の目立つ鳥類で報告が増えるというような、調査結果の偏りが生じています。
報告例が多い種であっても、それがそのまま高リスクというわけではありませんので注意しましょう。
特に冬季の死亡野鳥についてはどの種であっても鳥インフルエンザの発症個体である可能性があるため、むやみに触ってはいけません。
注意すべきは当然、鳥類を飼育している人です。
どのように注意すべきでしょうか。
農水省の報告では「野鳥」や「野生動物」と、広大な生物の範囲をまとめた表現で対策方法があげてあります。
しかしそれぞれの生物は生態や環境中での機能が千差万別で、全て対策せよと言うのは簡単なのですが、ターゲットをしっかり設定しなければ非効率であり、結局何からも守れません。
現時点で優先すべきはカモの存在そのものへの対策です。
つまり鳥の飼育施設周辺の池の水を抜く・ナイロン線等で池を防除する・カモを見かけたら花火等で追い払うといった対策のことです。
動物園等の施設で、池がどうしても対策できない環境であれば、飼育動物を冬季は収容しておくことも考えなければなりません。
報告の中でほぼ唯一、発生因子として有意であった「カモが飛来するような水域の存在」をなぜ軽くあしらうのか謎ですが、残念ながら農水省の報告ではこれらの優先度が低く扱われているような印象を受けます。
冬季は昆虫のような生物の活動が暖かい季節ほど活発ではありませんので、養鶏場の周囲にカモさえいなければ、鶏舎等にウイルスが持ち込まれる可能性が夏季よりは低くなります。
鳥類は季節に関係なく移動距離が大きいのですが、水域の存在が発生に効いているという結果から、カモ以外の鳥が主としてウイルスを運んでいる可能性は低いと考えられます。
たとえばスズメやカラスのような鳥類がウイルスを運んでいるのであれば、水域の存在に関係なく様々な養鶏場で発生しているはずです。
そもそも、そういった野鳥は感染・発症すれば死んでしまいます。
もう一つ、ウイルス拡散に関して重要な視点があります。
それは池の周辺での人の活動や池の水の利用です。
鳥インフルエンザウイルスは主にカモの糞などに排出されますが、気温の低い冬季は糞便中であれば40日以上、淡水中であれば3か月以上、ウイルスが感染できる状態で残る可能性があります。
ソース:環境省情報集
カモが生息するような池の水辺にはカモの糞が多く落ちています。
もしウイルスを持ったカモがいれば、周辺の糞はもちろん、その池の水自体も高リスクです。
この事実を知らない関係者は意外に多く、飼育舎周辺のスズメやカラスにばかり目が行って、そういった水辺環境への接近に関する注意がおろそかになっている可能性があります。
養鶏場に限らず、インコ等を飼っている一般家庭などでも、カモのいる水辺に近づいたり、水辺のものを持ち帰ることは避けたほうが良いでしょう。
どうしても行かなければならない場合は、履物を変えたり有効な方法で消毒するなどの方法を取るべきです。
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